ツァラトゥストラとゾロアスター

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コメント

  1. 泰秀 より:

    ニーチェの思想として「選民思想」というものがあると思います。

    人は生まれ持った性質、ランクがある、と。

    それを超えられずニーチェは狂ったのかもしれません。

    それらは後天的に教育、環境によって人間に付与されるものなのか、先天的なものなのか。

    ツァラトゥストラは後天的であるとはじめ考え、教えを広めますがやがて絶望と諦念を抱える。

    しかし、本当に後天的に人間は進化しないのだろうか?

    超人化は無理なのだろうか?

    私はそう問い続けています。

    右脳開発、速読、ヨガ、瞑想、自己実現、NLP。

    大脳の働きを研究していくと、超人化とは後天的な要素も大きいのではないか、と思っていますが、シュタイナーの言うように7歳まで、14歳まで、21歳までに生命体、エーテル体、アストラル体を破瓜させないことも重要なのかもしれません。

    ある時期までに人間の能力は固まってしまうのか、それとも伸び続けるのか。

    チベット仏教の考え方で、私の好きな考え方。

    「信じるかどうかは問題ではない、大切なのは効果があるかどうかだ」

    私は特定の宗教を信じていません。

    私が信じるのは行動と実践。自分にとって幸福をもたらしてくれるもの、成功体験をもたらしてくれるものです。

    効果のある後天的な超人化の方法はないものか。

    私という特定の個人だけではなく、普遍的な。

    一般の人間を超人化させる実践の方法はないものだろうか。

  2. ひさ・こげ より:

    「超人」と「永劫回帰」

    永劫回帰な世界において、苦悩の人生を耐え抜き、運命を積極的に愛し肯定することが超人の本来の姿だとありますが、

    永劫回帰を受け入れられるかどうかが、超人への試金石なんでしょうかね。

  3. 忍逢春雪解 より:

    ゾロアスターという名前のドイツ語読みがツアラストウラなんですってね。数年前に初めて知って「じゃあゾロアスターかく語りきなんだーと驚いた次第です。

    洋泉社から出ている榎並重行さんの「ニーチェって何?」は目から鱗のよい本でした。よろしかったらどぞどぞ。

  4. >「信じるかどうかは問題ではない、大切なのは効果があるか

    どうかだ」

    はじめまして。

    話題がそれるかも知れませんが(謝)。

    この台詞はプラグマティズムの「有用なものは真である」に

    似ていますね(このトピを覗いた甲斐がありました)。

    一昔前はよく自分に「超人たれ!」と言い聞かせていましたが、最近は…。

    生まれ変わっても、今の自分と全く同じ人生を歩めと言われたら、

    肯んじますが、それが永劫回帰なのか、人生について考えるのが面倒だという

    アパシーなのかと訊かれたら、恐らく後者と答えるでしょう。

    >「ニーチェって何?」

    見つけたら立ち読みしたいですね。安かったら購入します(苦笑)。

  5. 六文錢 より:

     ニーチェにいわゆる選民思想はないと思います。あるとすれば、自らが自らを選ぶということでしょうか。

     ニーチェが戦ったのは、人間にはある本質があり、自己がそれから逸脱しているのではないかといういわゆる疎外論、そしてそこから来るルサンチマンです。疎外論によれば、私たちは常に「本当の生」からの隔たりのうちにあり、現実の生は嘘の生だということなります。

     したがって本当の生へ接近するため、永遠性や必然性の世界へ自己を縛り付けることになります。具体的には宗教であったり、既成の価値であったり、イデオロギーであったりします。それが弱者の生です。

     強者の生とは、それに反し、自己の有限性、偶然性、不可逆性を「ヤー」として肯定し、この現実の生をこそおのれのものとして引き受けることです。

     むろんこれはニーチェについての概説に過ぎませんし、それを実践することが具体的にどういうことなのかは種々問題があろうかと思います。

     

     皆さんと一緒に考えてみたいところです。

  6. テッド より:

    ニーチェの言う「Zarathustra」は本当に象徴的な物であって、歴史的に言う「ゾロアスター」及び「ゾロアスター教」とはほぼ関係ありません。

  7. NoVALIS666 より:

    お初です。

    史的なゾロアスターと、ツァラトストラでは布教に転びまくったところが同じかな?

    >しかし、本当に後天的に人間は進化しないのだろうか?

    >超人化は無理なのだろうか?

    脳生理学的に考えてしまいます。

    薬とサプリ大好きです。

    僕の場合は先天性障害ですけど。

  8. NoVALIS666 より:

    六文錢さんに一票。

    >ニーチェにいわゆる選民思想はないと思います。あるとすれば、自らが自らを選ぶということでしょうか。

    >強者の生とは、それに反し、自己の有限性、偶然性、不可逆性を「ヤー」として肯定し、この現実の生をこそおのれのものとして引き受けることです。

    僕も全くそのとおりだと思います。

    さて、ニーチェの超人がSFじみた超能力者に進化することだと考えることは勝手ですし、大変面白いことだと思いますが、僕は魔術師(アレイスター・クロウリーの弟子を自認してます)ですので、超能力なんか、鼻で笑っちゃいますね。むしろ人が超人になるとすれば、超能力ではなく不可能力によってなるのだと信じてます。

    あ、別にケンカ売ってるんじゃないからね。

  9. 匿名 より:

    ちょうどテーマの合ったコミュを見つけたので、ここで質問させていただきます。

    ツァラトゥストラと「永劫回帰」の関係についてです。

    調べてみたところ

    1.「ゾロアスター教と永劫回帰が関係しているという意見」

    2.「ゾロアスター教には永劫回帰と関係がある教義などないという意見」

    の二つの意見がありました。

    ゾロアスター教の教義を調べてみると、キリスト教と同じように、死後のことは

    現世の行いの善し悪しにより運命が決まるという事であり、キリスト教的な「直線的時間」

    と変わらないような気がするので、2が正しいのではないか?と考えているのですが、

    友人は1が正しいと言っています。

    皆さんの意見をお聞かせくださいm(__)m

  10. canis demens より:

    ゾロアスター教は善悪二元論を説き、

    しかも最終的には善が完全勝利するとする宗教ですから

    どう考えても『永劫回帰』とは結びつかないと思われますが……。

  11. 匿名 より:

    >>canis demensさん

    コメントありがとうございますm(__)m

    私もそう考えていたので、心強いです。

    その友人は「キリスト教的な直線時間」と「ゾロアスター教的な永劫回帰的時間」をニーチェは比較し、キリスト教的な神の世界へ再び至るという直線的時間観を批判しているという意見を持っています。

    しかし、書物で調べてみれば、ゾロアスター教は永劫回帰に関係なさそうであるし。

    ネットで調べてみれば、

    http://okwave.jp/qa382197.html 1と同じような意見や(良回答

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%88%E3%83%A9 2のような意見(教えの最後の行

    があることが分かり、少々不安になったので質問させていただきました。

  12. ニーチェは若い時性行為で、梅毒になったから狂気になった。

    ゾロアスター教は初めて善悪を創った宗教です。

    当時では画期的だったのです。

  13. 匿名 より:

    フリーハンドで書いてしまうので、誤りがあれば、訂正お願いします。

    ゾロアスター教の特質は、

    1.現世は、三千年のうちの、最初の千年で、善神と悪心とがせめぎ合う世であり、

    2.人の行いは全て「生命の書」に記述され、この千年の終末のとき、最後の審判が行なわれて、人は天国・煉獄・地獄に行き、そこで次の千年を過ごす。

    3.その真ん中の千年が終わると、悪は滅んで、さいごの善の千年が始まる。

    4.人は、善神が創造したものだから、死によって身体が崩壊するのを畏れて、沈黙の塔に遺体を放置し、ハゲタカに喰わせる。

    こう見ると、善悪の二項対立・生命の書・最後の審判・天国煉獄地獄・千年紀は、旧約聖書にそのまま引き継がれ、

    ユダヤ教・キリスト教・イスラム教が、その概念をそのまま教義にしている。

    ハゲタカは、ギリシア悲劇のプロメテウスが引き継いだ。

    私の考えですが、このようにゾロアスター教は、西欧文化に深く根ざしていて、

    モーツアルト「魔笛」のザラストロのように、フリーメーソンを借景にしながら

    西欧のおとぎ話として、広く共有されているのでは?

    と思います。

    ツァラトゥストラの超人・永劫回帰は、

    ニーチェのまったくの独創で、ゾロアスター教と直接の関係は無い。

    上記のような、西欧文化の脈流に、自らの作品を位置づけようと、命名したのだと思います

  14. 匿名 より:

    >>キン・キャサリンさん

    >>easy allさん

    コメントありがとうございます。勉強になりますm(__)m

    なるほど。本論や他の著作でキリスト教を批判しているのに、事実ゾロアスター教からキリスト教へさまざまな概念が引き継がれているので、ゾロアスター教と直接の関係を持たせると色々とおかしいことになりますね。それに宗教と同じように民衆へ語りかけることになると、ツァラトゥストラが民衆ではなく死体ではなく、生きた道づれが必要なのだ。といった意味がなくなりますし・・・。やはり、ゾロアスター教との直接の関係はなくて。

    ニーチェはツァラトゥストラという人物をつかい、自分の思想は画期的であり、西欧文化の歴史に加えられるような作品だ!という気持ちを込めたのですね。

  15. 匿名 より:

    くろさん、#11の永劫回帰ですが、

    別の所で、私が考えを書いた事があるので、リンク貼っておきますね。

    http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4722715.html

    私自身は、今でもこの↑考え方をしていますが、

    このmixiでも、yahoo知恵袋でも、多様な解釈がされています。

    三島由紀夫は、ニーチェのニヒリズムを『能動的ニヒリズム』と呼んでいます。

    「生命への意志」を力強く躍動させるために、神を否定し、生の歓喜をめざす。

    その意味です

  16. 関本洋司 より:

    http://homepage2.nifty.com/Mithra/HP_Mithraism_FAQ2.html

    以下、参考までに上記サイトより引用です。

    ///////////

    ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』をきちんと読めば分りますが、ニーチェは、ゾロアスター教ではなく、ミトラ教のザラタス伝説を下地にして、この本を書いています。ニーチェが下敷きにしたのは、ミトラがザラタスを聖なる洞窟の中に招きいれ、そこで天地創造の秘密を教えたという伝説です。この伝説を前提にしたので、ニーチェは、『ツァラトゥストラはこう言った』において、ツァラトゥストラを洞窟の中にこもらせて、そこで新たな啓示を得させたのです⇒ 『ツァラトストラはこう言った』第一部1;『善悪の彼岸』第三部55。ニーチェのツァラトゥストラがミトラの化身(弥勒転世)であることは、ツァラトゥストラに付き従う聖獣が蛇と鷲であることからも明らかです。ミトラ像には、蛇が巻きついています。ミトラの秘儀における最高の位階のローマ名は、アキラ、つまり鷲です。このように、『ツァラトゥストラはこう言った』は、ミトラ教の伝説と象徴に満ちています。ゾロアスター教につながる伝説や象徴は、まったく存在しません。

  17. ニヒリズムではない。おわり、そして、はじまり。

    エンデがはてしない物語を書いたように。

    フッフールとアトレイユとバスチアンで世界精神を創る。

    ちょっとニーチェのカテゴリーからはみ出してしまったかな?

  18. 匿名 より:

    >>easy allさん

    >>関本洋司さん

    >>キン・キャサリンさん

    コメントありがとうございます。勉強になりますm(__)m

    なるほど。自己肯定をしつつそれで「おしまいの人間」にならないように、その自己肯定されたものさえも破壊し、次の創造をする。超人は永遠にその幼子→駱駝→獅子→幼子→駱駝・・・の時間を生きているのですね。

    ゾロアスター教と永劫回帰の時間はやはり関係ないのですね。次に友人との議論があった時に意見をぶつけてみます。あちらがそれでも自分の意見を信じて、ゾロアスター教と永劫回帰の思想が繋がっているという事を主張し、理にかなった見解を述べてくれたら、ここに転載してみようと思います。おそらくあちらの思い違いであると感じますが。

  19. 匿名 より:

    すみません。上の永劫回帰の解釈は誤謬がありましたorz

    みなさんの意見を参考にしもっと勉強しますorz

  20. 結局、ゾロアスター教は、信者のいない異教のひとつだとしたなら神は死んだと言う無神論もアンチクリストもぎりぎりのところで
    何らかの形と信じるもの
    疑っている自分と言う理神論的デカルトさえ乗り越えようとしてのゾロアスター教なのでしょうか?

    信仰は、集団の中にあるけれど
    今は信者を持たないギリシア神話よりも更に異教徒として
    方便としてのゾロアスター教利用でしかないのか

    無神論者としての基本に興味を持ちます。

    ワーグナーだってニーベルングの歌だって、又は、仏教さえキリスト教ほど罪深くはないと言うニーチェなのか

    まずは、キリスト教こそがギリシア哲学を堕落させた最大の壁、巨悪と考えてのツァラトゥストラなのか

    イエス、ノーではっきりして欲しいところです。

    ニーチェの無神論者的骨格に取ってゾロアスター教の真性位置付けですねわーい(嬉しい顔)

  21. 匿名 より:

    ニーチェ自身が、ゾロアスターをとりあげた理由について述べています。

    「ツァラツストラはこのもっとも宿命的な誤謬、道徳を創造したのである。したがって、彼は道徳というこの誤謬を認識する第一の者でもあるに違いない」(『この人を見よ』)

     「誠実による道徳の自己克服、道徳家をその反対へ――わたしへ――自己克服すること、これがわたしの口においてツァラツストラの名の意味するところなのである」(同上)。

    詳しくはこちらへ。

    http://www.geocities.jp/tekina777/tetugaku.html

  22. 匿名 より:

    うう〜ん。どこからの引用なのか?私の知識では解明できず、恐縮なのですが、

    責任がある、と思ってますので、回答いたしますね。

    >結局、ゾロアスター教は、信者のいない異教のひとつだとしたなら

    >神は死んだと言う無神論もアンチクリストもぎりぎりのところで

    >何らかの形と信じるもの

    >疑っている自分と言う理神論的デカルトさえ乗り越えようとしての

    >ゾロアスター教なのでしょうか?

    現代のゾロアスター教信者を報道した、NHKBS1のドキュメンタリーが放映されました。イスラム・ヒンズー教徒のはざまで生きる、今に息づく信仰だと思います。オンデマンドで見られるか、と思います。

    「神は死んだ」とは、「キリストは死んだ」(十字架から復活したのだが、それでも19世紀末には死んだ)という意味だと思います。

    デカルトについては、

    アリストテレス→ニーチェ→ハイデガー と全く異なった世界観の哲学だと思います。

    http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4572550.html

    >信仰は、集団の中にあるけれど

    >今は信者を持たないギリシア神話よりも更に異教徒として

    >方便としてのゾロアスター教利用でしかないのか

    いえいえ、ギリシア神話の神々を、ニーチェは信奉して、

    アポロンvsディオニソス の対立で芸術を解明しましたよね?(「悲劇の誕生」)

    >無神論者としての基本に興味を持ちます。

    無神論・機械じかけの神々を、ニーチェは憎悪してます。(これも「悲劇の誕生」)

    >ワーグナーだってニーベルングの歌だって、又は、仏教さえキリスト教ほど罪深くはないと言うニーチェなのか

    たしかに、ギリシア悲劇の構造を、現代に復活させた芸術として、ニーチェはヴァーグナーと親交をむすび、

    そしてやがて袂を分かちました。

    キリスト教の罪ぶかさ、つまり、

    性欲・物欲・支配欲。この三つを、人にとって良い事だと、私は証言してみせよう!

    とツァラトゥストラは言いました。

    >まずは、キリスト教こそがギリシア哲学を堕落させた最大の壁、巨悪と考えてのツァラトゥストラなのか

    >

    >イエス、ノーではっきりして欲しいところです。

    キリスト教が、ギリシア悲劇=芸術を堕落させた

    これは、yes!です。

    著作「ツァラトゥストラ、かく語りき」の趣旨は、ここにこそあり、と確信してます。

  23. 匿名 より:

    善悪を創出したゾロアスターを用いて「善悪批判」を行う・・・。

    ここにニーチェの持つセンス、を見出さざるを得ないですね。

    つまり、自分だってまた「真理」を主張しているんだぞと。

    なにかこう自嘲的というか、自分をも疑う、という姿勢をここに見出すことができるように思いませんか?