こんな校則、ルールって・・・

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コメント

  1. 晃平@-4.2kg より:

    佐藤君お久しぶりです。

    良太の紹介でMIXIに入りました。

    覚えてるかな??

    教師が生徒をコントロールできるという発想。

    すこし傲慢な気がいたします。

    けれど集団の中生活するにはルールは必要だとおもいます。

    ですから生徒と先生が一緒になって一から作れば

    少しづつかもしれませんがよくなっていくように思います。

    ちなみに母校では染髪長髪ルーズソックスぼんたん以外は

    禁止されていませんでした。これがオーソドックスなんでしょうかね。

  2. オオニシ より:

    既存のルールだから守らなきゃ、

    というのはいただけないですけど、

    合理性があるものであれば必要ですよね。

    校則やルールってひとくくりにするのは難しいってことを理解したうえで言うと、

    髪型や携帯はちょっといきすぎだと思うけど、

    二列ってのはおもしろいかも。

    自転車で行動していると、4列で歩道を占拠して歩くグループなどを見かけて迷惑を感じることがあります。

    携帯電話は学校では要らないっていう気はしますね。

    強制的に圏外にするって方法もあるけど…。

  3. nokko より:

    校則が存在する環境からはかなり遠ざかってしまったので、最近のルールについては疎いかもしれませんが、ふと思いだした私の通っていた愛知県立高校はすごかったです。

    共学なのですが、生徒手帳にはハッキリと「男女交際禁止」と書かれていました。

    もちろん、守ろうと努力している生徒なんていなかったと思いますが・・・・・。

  4. オオニシ より:

    男女交際禁止…すごい。。。

    憲法違反ものですね。

  5. 頼人[yori] より:

    中学・高校では校則と呼べるものはほぼ皆無でした。

    いちおう生徒手帳に最低限の規則は書いてあるのですが、服装などの話は特になし。高校は制服もなし。

    なので校則が社会問題とまで言われた頃はいまいちピンと来ませんでした。

  6. hime より:

    制服はもちろん、 髪禁と呼ばれる、校則が台湾の中学校と高校の学生生活のひとつです。髪の長さが肩まで、色が黒、それに髪型はちびまるこのようなシンプルということです。学生を勉強に専念させるため、そう規定されています。確かに、 明日は何を着るかいいなぁ..髪が長くと、どんなかっこうにするのか..などを考えなくでも、大丈夫です。試験勉強に臨んでいる中学生と高校生にとって、悪くないと思われます。

  7. tacti より:

    うちの通っていた中学校、高校は校則がうるさくて

    全校集会の後などに服装検査などがありました。

    ルールは必要だけど、「なんで?」っていう校則も

    結構あったように思います。昔からあるまんまなので

    先生に聞いても「決まりだから。」

    「学生らしくあるために。」の一点張りで、先生自体よく分かっ

    てないような状態。そもそも学生らしくって・・・何?誰にと

    って?という疑問もありながら先生も学生も面倒なので

    そこそこに破りながら守りながらやってましたねぇ。

  8. tacti より:

    うちの高校は学ランを着る事と、大学生との区別をつけるためのいくつかの決まりがある以外は、全て自由でしたね。

    その為、自分は高校時代、ミルクティー色の髪&ロン毛ですた( ゚∀゚)アヒャw

    まぁ学校なんてもんは教育の場である事は勿論ですが、それ以上に社会生活ってもんの根本を学ぶ場でもある訳で。

    それを学ばせるのに一番手っ取り早いのが、校則で生徒を縛ってしまう事ですよね。

    だからこそ理不尽な校則なんかも存在するんでなかろうかと。

    あんま自分の思い通りに出来ると思うなよと。

    ま、もちろんこれは表向きの理由でございまして。

    実際は頭の固いおっさん、おばちゃんらが自分らの価値観を若い生徒に押し付けてるだけでしょうな。

    いわゆる「学生らしさ」って奴ですね。

    ただ、面白いのはこの表向きの理由すらまともに答える事が出来ない教師が殆どだと言う事。

    ま、そんなもんですね。

    乱文失礼しましたー。

  9. tacti より:

    うちの高校(転校?しちゃいましたけど。。)は、制服は標準学生服(詰め襟ですね)だったけど、勉学に支障のないものであれば可。って、何でもよかったですね。。その日の気分で、制服だったり私服だったり。。なんかのアンケートで、制服と私服半々ぐらいだったかな。

    別に、そんなに強制しなくても、うちの高校は乱れてなかったですけどねぇ。。

  10. アニキ より:

    制服のルーツは言うまでも無く軍服です。中学と高校をあわせると6年間、有無を言わさず軍服着せられるわけですね。

    それに明らかに憲法違反な校則で拘束(なんっつって)。

    「男女交際禁止」なんて笑い事じゃないですよね?思春期に恋愛しないことほど後の人生に打撃を与えることはありません。他にもソックスの長さがどうの、靴の色がどうの、スカートの長さ、下着の色、ゲーセン行くな、カラオケ行くな…

    ココまで来ると完全に「基本的人権」の侵害。「社会権」の侵害です。

    それに私は2度ほど教師の経験がありますが、そういう校則があるがゆえに、くだらない指導(服装がどうだとか、そういうの)に時間をとられてウンザリ。もっと大事な仕事が死ぬほど山積みなんじゃ!アホ!

    取り乱しました。とにかく、「他人に迷惑をかけない」ことさえ守っていれば問題はないと思います。

    靴下が短いと誰か困るんでしょうか?

  11. アニキ より:

    私見ですが、偏差値と校則の厳しさは反比例するような気がしてます。

    自分の周りの学校(東京近辺)を見回した感想ですけどね。

    注:決して学歴厨ではありませんので(・∀・;)

    >>アニキさん

    えー、まずは落ち着いてw

    ↑でも書きましたが、別に靴下の長さが短いからといって誰も困る訳ではないと思います。

    その事自体ではなくその先、つまり社会性というものを教育する必要性からそういった校則があるんじゃないでしょうか?

    ざっくばらんに言ってしまえば「社会にあるルールは守るもんなんだ。例え理不尽でも。」ってのを教える為にあると。

  12. アニキ より:

    社会にあるルールが理不尽なら、それを変えるのが正しいのではないでしょうか?

    そういう意味での「現実的な感覚」は、社会の不活性化につながると思いますが。あくまで個人の意見ですが。

    理不尽なことがわかっていながら放置することのほうが、よほど理不尽だと考えます。

    どうも発想が左翼的ですみません(苦笑

  13. アニキ より:

    個人にとって理不尽であっても、社会にとっては有益であるルールは沢山あると思いますよ。

    自動車の制限速度や駐禁なんかもそうですよね。

    自分にとって理不尽だから、それを壊してみるってのはちょっと危険な気がします(・∀・;)

    理不尽に抑え付けられる事が、即ち、社会の不活性化に繋がるとは自分は思いません。

    むしろそういう理不尽な抑え付けが爆発力を生むという事は、過去の事例を見ても分かる通り、良くある事です。

    例えば農民一揆とかもそうですね。

    もちろんその抑え付けに負けて社会が閉塞化する事もありますけどね。

    うーん、、、分かりにくい文章だなw

    何とか文意を読み取っていただければ・・・(激汗

  14. アニキ より:

    まぁ要するに

    理不尽な校則やらルールってのが絶対的に悪なのか?

         ↓

     いや、違うと思うよ

    って事です(・∀・;)

  15. アニキ より:

    そうですね。ん〜、まあ一概には言えませんが、たとえば私は靴下の長さを制限するのが社会にとって有益だとは思えません。ただ個人に対して理不尽なだけ。

    交通ルールなどは「公共の福祉」のためにあるわけですよね?そのために個人の自由を制限するのは当然です。

    憲法にも「公共の福祉に反しない限り、個人の自由は保証する」と書いてあります。まあ憲法にえらそうに言われるまでも無く、当たり前ですよね?

    「他人に迷惑をかけなければ…」というのをカッコヨク言うと「公共の福祉に反しない限り」という表現になるんですね。

    それにそんなしょうもない鬱屈がたまった挙句に社会的反発が爆発的に起こったりしたらそれこそいい迷惑です。

    駐禁は理不尽ですかね?全く理に適ってると思いますが…

  16. アニキ より:

    えーと、、、

    全然文意が伝わってないですね( ノ∀`)アチャー

    文章下手ですいません。

    つまり、靴下の長さを制限する という木を見るのではなく、定められたルールを守るという習慣付け という森を見て欲しいなーって事なんですよ。

    確かに靴下の長さがどうとか髪型がどうとかって、俺が見ても馬鹿馬鹿しいと思います。

    ただ、その表面的な事項ではなくその奥、つまり「ルールの尊守」というものを考えた時には、全くの理不尽ではないように思えます。

    彼ら(→生徒)は1人の人間というよりは、まだまだ未熟な子供なんですから。

    我々大人(俺も一応大人・・・)と同列に見ては、視点がゆがんでしまいそうな悪寒がします。

    交通ルールに関しては忘れてくださいw

    あまりにも例が悪すぎました。

    自分の足りない脳みそでは「これだ!」って言う例が思いつかなかったもんで。。。

    ただ、駐禁に関しては1つ思うことがあります。

    パーキングメーターの事なんですが。

    あの枠内、お上が「ここなら車止めても交通の流れを阻害する事もなく安全ですよ」って定めたエリアですよね?

    ですが、パーキングメーターの営業時間外には多くのパーキングエリアが駐車禁止になります。

    はて?

    これはどういう事なんでしょうね??

    車通りや人通りをどう見てみても、昼間>夜間に見えるんですけどね。

    何故なんでしょ?

    どんな根拠で夜間は駐車禁止になるんでしょうか??

    あ、サクッと話がずれましたねw

    でもこれも世の中にある理不尽の1つだと思いますねぇ。

    「そう決まってるんだから仕方ない」といわれたらぐぅの音も出ません。

  17. アニキ より:

    夜間は儲からないからだと思いますが…人も車も昼のほうが多いんですよね?

    私は「ルールなんぞ守らなくてもいい」といってるのではありませんよ。

    「何のためにあるのかわからん、くだらんルールはなくしてしまえ」といっているのです。前出ですがルールって公共の福祉のためにあるわけです。ですからただ個人を締め付けるためだけのルールは意味がないからやめろ、と。

    「このルールは、こういう理由で、決まっているんだよ。だからみんな守ろうな!」という説明ができないようなルールは、ルールではありえません。単なるエゴですね。

  18. アニキ より:

    つまり「ルールを守らせるためにあるルールなんぞクソ食らえ」ということです。

    たとえが乱暴かもしれませんが、野球選手が素振りをするのは素振りをするためではありませんよね?

    野球の試合でヒットを打つために素振りするわけです。

    ですから「社会のルールを守るため」に「ルールを守る」(しかも意味のわからんルール)こと自体がナンセンスでは?

    解りにくいかな?みんながルールを守るのは、ルールを守るためではないのです。

    「公共の福祉」を保護するために、ルールを守るのです。

    「ルールが目的のルール」は、意味がありません。ルールはあくまで手段。

  19. アニキ より:

    という事は、交通安全協会が儲かる儲からないで、交通規制の内容が変わるという事ですか?

    これって立派な理不尽だと思いますが。

    >>「何のためにあるのかわからん、くだらんルールはなくしてしまえ」

    いや、だからさっきから言ってる様に、ルール自体じゃなくてその先にある意図を考えましょうと。

    ってか、俺のレス、ちゃんと読んでいただけてます??

    ルールの表側だけじゃなく裏側も見よう、生徒は1人立ちした大人ではなく未熟な子供だから大人と同じ視点で見たら歪むかも、という2つの指摘について完全スルーされてて、ちょっと寂しいんですが(´・ω・`)

    ひょっとしてここは議論の場ではなく、自分の意見や価値観をぶちまけるだけの場なんでしょうか?

    それなら俺の言ってる事はスルーして戴いて結構ですが。

    ただ、そういう場なら俺はもう発言しないッス。

  20. アニキ より:

    と書いてる間に書き込み発見。

    ルールと言うのは「ルールは守る」という不文律があってこそ成立しますね?

    その概念を全ての人が持ちえていなければ、ルールはルールとして成り立ちません。

    さて、今回の件に戻ります。

    対象は学校の生徒達です。

    彼らに「ルールを守る」という事を学校と言う教育機関は覚えさせなくてはいけません。

    どうしますか?

    簡単なのは学校側がローカルルールを設定し、それを守らせる事だと思います。

    廊下を走るな、授業中は喋るな、靴下は云々・・・

    一見理不尽に見えるこれらのルール(=校則)は、彼ら生徒に「ルールは守るもの」という意識を教育する、という目的に対して充分な役割を果たしていると思いますが。

    後1つ。

    ↑でも言いましたが、ルールというのは必ずしも「公共の福祉」の為だけにあるもんじゃないですよ。

    もちろん、そもそもの成り立ち自体はそこが出発点でしょうけどね。

    ただ、このルールというのは色んな使い方があるって事です。

    どうもここら辺がアニキさんとの論点の違いを生んでる悪寒がします。

    また変な例かもしれませんが、犬の躾を考えりゃ良いと思います。

    例えば、お手を覚えさせる時の話。

    もしお手が出来たら、全力で褒めてあげて時にはおやつをあげますね?

    これは犬側の視点に立てば「お手をすれば褒めてもらえておやつまで貰える」というルールがあるからお手をするわけです。

    犬は集団生活する動物ですからルールと言う概念を持ちえますから。

    人はこのルールという概念を逆手にとって、自分達に都合のいいように育てる→躾を入れていく訳です。

    うーん、また分かりにくい例かなぁ?w

    まぁそういう事です。

  21. アニキ より:

    >「その先にある意図」とはなんですか?そこをもうちょっと詳しくお願いします。

    それにまだ未熟な子供であるからこそ、理想の社会を語るべきではないでしょうか?

    パーキングメーターの件については論がズレるだけなのでとりあえずおいときましょう(笑)

    「社会のルールは、歪んでても守らなきゃいけないんだ!」と教えるのが大人の役目なんでしょうか?

    「とにかく従え。大人の言うとおりにしろ」と。

    「このルールに特に意味はないけどルールなんだから守れ」と?それは悲しいことでは?

    ルールを守らせること自体についてはまったくの賛成です。

    では昔中学であった「男子は全員丸坊主!」という校則についてはどう考えますか?俺が中1のときまではありましたよ。

    今の(昔はもっとですが)校則は無駄に人権侵害してるところが多分にあると思いますが。

  22. アニキ より:

    ああ、なるほど。犬の話、いいですね。解りやすいです。ありがとう。

    ルールは守る、という不文律がある、とおっしゃいますが、すくなくとも私はそんな不文律は知りません。守らないと痛い目にあうから守ってます。守らなくていいのなら守りません。

    ルールというのは人間の集団が円滑に運営されるためのツールなわけです。目的はそこにあります。「人間社会の営みを円滑化する」という目的です。その目的のためにルールを作り、まとめたのが「法律」というわけです。

    で、守らない人が出た場合には、その法に基づいて罰則が科せられるわけです。

    ちょっとズレましたね。修正。

    「ルールには目的がないとダメだ」と言いたいのです。「目的の無いルール」を「ルールを守るために守る」のはおかしい、と言いたいのです。ルールの一つ一つに、根拠がなければダメだと言っているのです。

    それに上記の犬のしつけの件ですが(例としては非常に解りやすいです。ありがとう)、そういう意図なら、学校は大人に都合のいい子供を作るためのマインドコントロール所ということですね?

    私は犬に「お手」を教えるのになんの意味があるのかわかりませんが、とにかく子供を支配下に置くことが目的なら、ああいう屈辱的な校則もアリだな、と思いますよ。

    ですが、原田さんんもそういうことを目指しているのではありませんよね?

    ご意見お願いします。

    どうも毎回長文で申し訳ない(汗

  23. アニキ より:

    その先にある意図=ルールは守るものという意識を植えつけるという事です。

    >>「社会のルールは、歪んでても守らなきゃいけないんだ!」

    >>「とにかく従え。大人の言うとおりにしろ」

    >>「このルールに特に意味はないけどルールなんだから守れ」

    えーと、、、まずは落ち着いて(・∀・;)

    現実的に教師がどういう意識でそういうルールを守らせてるのかは知りませんが、↑で言ったような裏の意図を生徒達に言ったところで理解してもらえないと思いますね、俺は。

    ( ´∀`)ノ「せんせーい、何でこんな校則があるんですか」

    (・∀・)「ルールは守るものという意識を持って貰う為だよ」

    ( ´∀`)ノ「そんな事は分かってるんで校則なくしてください」

    (;・∀・)「・・・いや、ちょっとそれは・・・」

    ってやり取りが容易に想像できます。

    ってか俺が生徒ならこう言いますしw

    さて、ここでふと思ったんですが。

    俺とアニキさんは微妙に論点が食い違ってますね?

    俺は校則全体について、アニキさんは校則の一部について話してます。

    まぁこれじゃ話がかみ合わないのも当然ですね( ;゚∀゚)

    閑話休題。

    個人的には、教師が生徒に夢(=理想の社会)を語るのは危険だと思いますね。

    多分に個人的思想が入りますし、またそれを子供は真に受けてしまうので。

    パーキングメーターについては俺も同意見ですw

    全然関係ないッスね( ゚∀゚)アッヒャッヒャw

    大人の教育者としての役割は、子供に社会生活を送る上での決まり事を教える事だと思います。

    アニキさんには悲しいことに見えるかもしれませんが、これが現実だと思います。

    動物の世界を見回してみてください。

    親は子に集団での生活のルールを教えますね?

    それを破った者は例え我が子であろうと村八分が待ってます。

    即ち死ですね。

    また、動物世界では強いオスだけがメスをゲットできます。

    弱いオスが「そんなの不公平だ」と不平をいう事はないですね?

    何故ならそれがその社会におけるルールだからです。

    人間社会ではここまでシビアではないですが、このルールと言うのはそういうもんだと俺は思います。

    全員丸坊主について。

    うーん、、、難しいですね。

    ただ↑の意図を鑑みれば、必ずしも悪であるとは言えないと思います。

    もちろん、俺はそんなん嫌ですけどねw

    でも、俺がアニキさんの中学に通っていたらやっぱり丸坊主でいたでしょう。

    破ったら体育教師の愛の鉄拳が飛んでくるだろうから。

    そんなのイヤポ。

    これらを人権侵害と言えるかどうかは、俺は法律の専門家じゃないんで分かりません。

    ただ、教育と言う名の下にはある程度の理不尽は許されると俺は思ってる派なので。

    昨今の親やPTAの過剰反応にはいい加減辟易してますし。

    だからと言って、性的虐待やらなんやらってのはどうかと思いますが。

    そう考えると親やPTAだけでなく教師側も狂ってきてるのかなと思ったり。

    話がずれましたね。

    すいません。

  24. アニキ より:

    お褒め戴いて恐縮です。

    >>守らないと痛い目にあうから守ってます

    これでも充分「ルールは守るもの」という意識があると思いますが。

    そのモチベーションはどうでも良いんです。

    結果として「ルール守らなきゃ」って意識があれば。

    ↑の校則についても「ルーズ履いたら教師に怒られるし内申にも響くかも知れない」という恐怖があるからこそ皆守る訳で。

    そう考えると、「ルールは守るもの」というよりは「ルール破ったら罰を喰らう」という意識を植え付けると言い換えても良いかも知れませんね。

    >>ルールの一つ一つに、根拠がなければダメだと言っているのです

    ↑で言ってる「例えどんな下らないルールだろうと、ルール破れば罰を喰らうという意識を植え付ける」というのは根拠になりませんか?

    >>学校は大人に都合のいい子供を作るためのマインドコントロール所ということですね?

    また随分トゲのある表現ありがとうございますw

    えぇ、かなり乱暴な表現ですがつまりはそういう事です。

    何か問題でも?

    須らく教育というのはそういうもんだと思いますが。

    >>とにかく子供を支配下に置くことが目的

    これは違います。

    支配下に置くのではなく、既存のルールを守らせる事が目的です。

    これは全く別種の事ですよね?

    >>原田さんんもそういうことを目指しているのではありませんよね?

    えぇ、俺も子供達や生徒達を支配してご満悦に至る様なクソ教師共には全く興味ございません。

    ただ、校則というもののあり方についてチョロっと考えてみただけです。

    思いがけず深いところまで考える事になりましたけど(・∀・;)

  25. アニキ より:

    ね?守るでしょう?丸坊主。なんで守るのか。体育教師に殴られるのがイヤだから守るんでしょ?「まもるのがルールだから」という不文律があるからではないんですよね?すくなくとも貴殿はそう書かれていますよ。

    それに動物の世界のことをいうとそれは厳密にはルールではありませんね。自然の法則です。

    酸素原子が二つと水素原子が一つくっついたら水になるのは、そういうルールだからではありませんよね?「そういうもんだから」です。そもそも「原子」などいうもの自体が後から人間がつけた「属性」に過ぎませんから。

    あと上の生徒と先生の会話ですが、俺が教師やってたときは、

    「先生、なんでこんな校則あるの?」

    「知らん。意味ないと思うけどな。俺が作ったわけでもない」

    と堂々と言ってましたが。それでも「ルールだから守れ」というしかないのです。この状況が正しいとは絶対思えません。

    子供たち自身に「どうしてこんな校則があるのか?」ということを納得させられるような決まりでなければダメだと思うのですよ。

    「校則を全部なくしてしまえ」と言っているわけでもありません。

    せめて「なんであるのか?」ぐらい説明できるような規則に変えるべきだ、と言っているのです。

  26. アニキ より:

    いやー楽しいですね(・∀・)

    こちらこそ長文ばっかですいません。

    ちょっと諸用で外に出ますので、続きがあれば夜にでも。

    ではまた。

  27. アニキ より:

    「既存のルールを守らせることが目的」とありますが、それにはどういう意味があるんでしょうか?「ルールを守らせること自体が目的」というのはどうしても理解できません。もうちょっと詳しくお願いします。すんません…

    「ルールを破ったら罰を食らう」のは、それが公共の福祉に反しているからです。そのためのルールだからです。

    「何のためにもならないルールをわざわざ作り、守らないからといって罰を与える」のは単なる大人の自己満足では?

    俺が教師をやっていたとき、やはり下らない校則はありました。同僚の先生や教頭なんかにも言いましたよ。「なんですかこの校則は?なんの意味があるんですか?」と。

    こどもたちにはこう言いました。「なんかつまらん規則が多いけどな、とりあえず守っといたらセンコーどもにウダウダいわれんですむからラクやぞ」と。

    ああ、ちょっと時間がなくなりました。中途半端ですがこの辺で(汗

    いろいろ書き込んでいただけてありがたいです。また後ほど拝見し、書き込みさせていただきますので。

    どうも、すみません(^^;

  28. アニキ より:

    と思ったらまた書き込みが(・∀・;)

    >>ね?守るでしょう?丸坊主。なんで守るのか。体育教師に殴られるのがイヤだから守るんでしょ?「まもるのがルールだから」という不文律があるからではないんですよね?すくなくとも貴殿はそう書かれていますよ。

    いや、そんな鬼の首を取ったようにはしゃがれても困るんですが・・・(激汗

    ↑でも言いましたが、「ルールは守る」という意識付けを行うに当たって「ルール破れば( ゚д゚)マズー」という方法を取ってるだけの話だと思うんですが。

    >>自然の法則です。

    >>原子の話

    えぇその通りです。

    そして人間もまた自然に生きる動物の1種ですが??

    原子の話はちょっと、、、正直付いていけません( ゚∀゚)アッヒャッヒャw

    えーと、、、どうやら例え話を出すこと自体が間違ってたようで。

    分かりにくくてすいませんでした。

    調子に乗っちゃいました。

    もう止めます。

    >>生徒とのやり取りについて

    俺が言ってる事、全然伝わってないですね?(・∀・;)

    簡単言えば、生徒達に真意を説明したところで分かる訳ないから説明しない。って事です。

    後、個人的には

    >>知らん。意味ないと思うけどな。俺が作ったわけでもない

    この台詞を生徒に言ってるのはどうなんでしょね?と思いますた。

    ルールを守らせる側の発言としては非常に不適切だと思いますが、どうなんでしょうか??

    >>子供たち自身に「どうしてこんな校則があるのか?」ということを納得させられるような決まりでなければダメだと思う

    生徒達は色々な意味でまだ未熟な子供です。

    そんな未熟な彼らの判断基準(=価値観)に合わせた校則が、果たして校則としての意味を持つのか甚だ疑問です。

    今度こそ外に出ます(`・ω・´)ノシ

  29. アニキ より:

    こちらこそ、楽しいですよ!ありがとうございます。

    では後ほど!

  30. アニキ より:

    蒸し返すようで恐縮ですが。「ルールを守らせるためのルール」にはいったいどんな意味があるのでしょうか?そのあたりのお考えを聞かせてください。

    また、「ルールを守らせるためのルール」なら、個々のルール(たとえば靴下の色がどうだとか、髪の色がどうだとか)には、なんの具体的根拠もない、ということでしょうか?「ただ守らせるため」だけに、意味も無く設定したルールということでしょうか?もしそうなら、別にどんなルールでも構わないわけですよね?なんでもいいわけですよね?そこのところも、ご意見お願いします。

    子供は未熟というのは解ります。ですがだからこそ「学校でしか通じない、何の根拠も無いルール」を守らせることより、成長し、大人になったときに役立つルールを教えるべきではないのでしょうか?

    さらに。

    「生徒に真意を説明したところで理解できるわけがない」というのは馬鹿にしていると思いますが。それに理解できるように伝えるのが我々教師の役目ですし、理解させられないようなルールを作るのはそもそも間違いだと言っているのです。

    また「既存のルールを守らせるためだ」とおっっしゃいますが、私はその「既存のルール」自体が間違っている、と言っているのですが。間違ったルールを押し付けるくらいなら「まあ、文句いわれんようにまもるフリぐらいしとけ」というのが大人の見識だと考えています。

    >「知らん。意味無い。」発言について。

    どこがどう不適切なのか全く解らないのでその理由も教えていただければありがたいです。

    私は「公共の福祉」のためのルールは全力で守らせるべきだと思いますし、実際にそう指導してきました。ですが「何の根拠も無い、ただ守ることだけが目的のルール」を守らせることに、どんな意味があるのか、上でも書きましたが、全く解りません。そこを、しつこいようですが、もう少し詳しく、できるだけ簡潔にお願いします。

    では、ご意見お待ちしております。

    追伸 こういう議論ができる場が少ないもので、いろいろと考えるきっかけになり、とてもありがたいです。

  31. アニキ より:

    「どうしてルールを守らなくてはいけないのか?」という根本的なところで意見が違うのでしょうか?

    「ルールは守らなくてはいけない」という「意識づけ」が重要だ、と原田さんはずーっとおっしゃっているわけですよね?

    わたしは、「その意識づけはいったい何のためですか?」と聞いているのです。

    そしてそれは、「公共の福祉のためではないのですか?」と問うているのです。

    「公共の福祉のためでないのなら、そのルールはいったい何のためにあるのですか?」と尋ねているのです。

    「ルールは守るのが当然」ということは、私も解っています。当たり前です。ではなぜ守らなければいけないのか?

    私は「公共の福祉のためだ」と考えています。原田さんは違うのですか?そこを教えてください。

    「公共の福祉のためだから、守らなくてはいけない」と考えています。「守らなくても公共の福祉に反しないようなルール」なら、俺は守りません。まもる必要がないからです。自分がしんどいだけです。

    では「丸坊主」はなぜ守っていたのだ!といわれるかも知れませんが、答えは簡単です。「自分自身の福祉のため」です。破るとセンコーどもにウダウダ言われるので、それがイヤだから守ってました。

    誰にも迷惑はかけていません。よって、文句をいわれる理由はありません。少なくとも、文句言うやつに会ったことはないです。「どうしてそんな校則を守っていたんだ!」と怒られたことはありません。

    そしてその「丸坊主ルール」は消えました。クソくだらねえ「ルール」だったからです。

    「何のためにもならないルール」だからです。

    「公共の福祉にも、個人の福祉にも全く貢献しない、無意味なルール」だからです。

    そしてそのような、「無意味なルール」がまだ残っている。だから私はその撤去に全力を挙げたい。そう言っているのです。

    「廊下を走るな」これは「必要なルール」です。危険行為によってけが人がでる可能性を減らすための、「意味のあるルール」です。ですから全力で守らせます。

    「下着は必ず白であること」これは「不要なルール」です。破ったところでだれの迷惑にもならないし、ケガもしない「無意味なルール」です。ですから守らせるのもめんどくせぇし、守るほうも守りたくない。だからいらない。

    「ルールをまもらせること」に、原田さんのおっしゃるような「ウラの意図」が必要だとは思えません。

    「廊下を走ったら危ないやろが!ぶつかったらけが人でるぞ!」

    これだけ言えば、「どうしてこんなルールがあるのか?」「なんのためにあるのか?」が理解できるでしょう?

    これで十分なのでは?わざわざ意味もない、「ただ守らせるためだけのルール」を作る必要性が、俺には認められません。

    ながながと書きましたが、もっともお尋ねしたい事は一つ、

    「どうしてルールを守らなければいけないのですか?」ということです。

  32. すいません長文を全て理解してないままに気になった文言があったので

    >個人的には、教師が生徒に夢(=理想の社会)を語るのは危険だと思いますね。

    >多分に個人的思想が入りますし、またそれを子供は真に受けてしまうので。

    自分もそう思う!! 

    今のおいらの考え方って 先生の影響を受けてるなって思う事がありつつ 自分なりに調べて「おいらの考えはこうだ!!」っていうのがあるけど・・・

    その調べる作業も 先生のおっしゃっていた事の正しさを確かめる作業だったり するなって感じる時がある・・・

    むつかしいけどね・・・

    あと、都立 の高校で

    髪を染めた生徒に、元に戻すよう注意しても、従わない場合には、授業に出ても、書類上は「欠席扱い」という事があったそうな

    一見 「髪を染めているから 欠席」では無く

    「元に戻すよう注意しても、従わない場合」欠席だから

    納得しちゃった人もいるみたいだけど

    つまり「先生の言う事の聞けない悪い子は駄目です」って事なのかな?

    それほど ”すばらしい”んだ 都立の先生って

    「尊敬」してしまいました

  33. 熱い議論ですね!大変興味深く拝読しました。

    横槍で申し訳ないですが、私からも少し気になることがあったので

    書かせていただきます。

    まず、最近色々な方面でアカウンタビリティの重要性が叫ばれていまして、

    学校分野でもそれは例外ではないと思います。

    校則に関しても、学校は生徒や保護者に対して説明責任があると思うのですが

    それは如何でしょうか?

    ちょっと嫌な言い方かもしれませんが、教師とは教育を提供する

    サービス業であり、生徒や保護者はそのサービスを受けるお客様です。

    「教育とは、学校とは……」ということについて、皆様それぞれ色んなご意見があるとは思いますが、

    公立・私立を問わずこうした学校のサービス業的な側面は確かに存在します。

    そのことを考えると、そうしたサービスの一環である校則についても

    「お客様」に対して説明責任は生じると思います。

    「ルールだから守ってください」では、お客様は納得しないでしょう。

    それと、子供は確かに未熟な存在ではありますが、決して思考のできない存在ではありません。

    むしろ、妙な常識にとらわれていない分だけ、大人顔負けの洞察力を見せることもあります(笑)。

    きちんと向き合って説明すれば絶対にわかってくれると思うし、逆にそういった子供の問いにとことん付き合うのが教師の役目ではないでしょうか?

    子供は未熟です。だからこそ大人がその成長を見守り、とことん付き合うことで成熟させていかなければならないのではないでしょうか。

    最近の学校教育では、子供の「生きる力」「考える力」を伸ばすことに重点が置かれているかと思います。

    私は、校則に疑問を持ってそれを批判的に検討できる力のある子は、立派に「考える力」を持っていると思うのですがどうでしょう。

    それを「既存のルールを守らない」の一点で封じ込めてしまうのは、教育的ではないと思います。

    既存のルールを守ることは勿論大事です。しかしそれは、子供の自主性や考える力といったものを封じ込めてまで守るべきことでしょうか?

    少なくとも既存の価値観が例外なく傷を受け問い直されている現代においては、既存のルールを諾々と受け入れることよりも、それを批判的に検討する能力の方が必要とされていると思います。

  34. アニキ より:

    書き込みありがとうございます。

    >ナオたん♪(A-REX)さん

    「理想を語るのは危険」ということですが、私の言っている「理想」とは、そんなに大層なものではありません。

    「人のものをとってはいけません」とか「他人を傷つけてはいけません」などというアホみたいに当たり前の状態を「理想」と呼んでいるのです。

    「日本は大統領制にして国民の直接選挙にするべきだ!」とか

    「昭和天皇は戦犯だ!一族を皆殺しにしろ!」などという「価値観」を押し付けるという意味ではありません。あ、別に本当にそう思ってるわけではありませんよ。

    「アホみたいに当たり前の状態」が「当たり前でない状態」が今、続いています。

    ですから、「当たり前だ」と解っていても、その「理想」を語るべきだと言っているのです。「そのためにどうすればいいか?」と考えられる人間を育てるべきだ、と言っているのです。

    > 松城(mixi) さん

    「説明責任」について、かなり同意です。つまり、「なぜこういうルールがあるのか?」「何を目的にしているのか?」ということについて、学校側が(つまり大人が)きちんと説明できなければいけない、ということだと思います。

    なんでも「規則だから仕方ないんだ」と盲信する子どもばかりでは、発展的な変化はなにも起こらないでしょうね。

  35. アニキ より:

    えー、補足します。

    「髪を染めた子どもが欠席扱い」については、そもそも校則が間違っているから、としか思えません(反論のある方はビシビシお願いします!)。

    髪なんぞ染めたところでなんの支障もないはず。いちいち注意しなきゃならん先生がむしろかわいそう。

    くだらないでしょ?「髪の色がなに色か?」なんて。

    ただ、「みんなと違うからダメだ!」とか、そういう幼稚な感覚としか思えません。

    あと、なにか勘違いされている方がおられると困るので、一応言っておきますが、「俺の意見が絶対正しい!お前等はみんな俺の意見に従うべきだ」などと言った覚えはありませんし、そのつもりもありません。

    ただ、議論する上では自らの立場というものは明確に示さなくてはなりません。でないと反論のしようがないですよね?

    「私はこう思う!あなたはどう思う?」の応酬が議論ですよね?ですから、どんな意見にも反対意見はあると思います。

    「自分が間違っている!」と判断したら、いくらでも意見は修正します。というか、そのために議論ってするものですよね?

    長くなりました。以上、補足です。

  36. なるぞう より:

     私は「学校指定の○○」というのに納得いきません。

     一着2000円もしないワイシャツが、校章の刺繍が入った学校指定品だと3500円。

     一足1000円もしない上履きが、学校指定業者のものだと2000円。

     カバン、ジャージ、体操服…学校指定だと、どれも一般に流通しているものの1.5倍から3倍もの値段になる。

     結局、どんなに「高校生らしく…」と教師がのたまったところで、業者との癒着が見え隠れする学校指定品なんぞを生徒に購入させている時点で説得力ゼロですね。

     だって、冷静に考えたら、毎年数百も一括購入しているようなものなのですから、市販品より割安になることはあっても、市販品より高くなるというのは、どこかにお金が流れてるってことですよねえ。

     教育者たるものが校則の名の下、不利益を生徒とその家庭に蒙らせている時点で、学校や教師のいう「高校生らしさを守るための校則」という理屈は眉唾だと思う次第です。

  37. まいらぶ より:

    理想…

    教師が語らずして、誰が語るのでしょう?

    勉強なんてしなくても、大人になって生きていけるとかは

    結果的に逃げ道がなくなったときには言います。

    この言葉も人によって定義が異なりますが

    私の場合は、しっかりやることはやる!

    ということでしょうか。

    宿題とか、テストとか

    最低限のことはしなさいと言います。

    理由もいいます。

    理由言うと、けっこう納得してくれます。

    あと、理由をあえて考えさせるときもあります。

    (松城さんと、ここは共通です)

    これを道徳の時間に使ってもいいかなと思いますし…

    校則について話し合ったりもしました。

    最近の生徒は大人びている感じもしますが

    実際中身はやっぱり子どもだと思います。

    こちらがいくら良かれと思ってしても

    それを伝えなければ、伝わらないんです。

    子どもだけのせいじゃない。大人もいけないんです。

    そして教師にも責任があります。

    話の流れにそった話題でなくてスミマセン。

    髪の色の問題ですが

    私だったら、日本の文化や社会のことを話すと思います。

    日本は基本的には人種が日本人だけなので

    髪も黒なのが当たり前とされているけれど

    カナダやオーストラリアなんかは

    いろんな人種がいて髪の色なんて気にしません。

    日本人の髪が黒いのが美徳とされ

    そういった文化の中で育ってきた人がいること。

    年配の方や、40代位までは、それらが強いです。

    実際、髪が黒くて文句は言われないのですが

    髪が茶色いとか、染めていると

    人に目に付いて、不快に感じる人がいることは事実です。

    受験のときに、その髪で面接を受けたら

    通ると思う?どうして通してくれないと思う?

    など、考えさせて、店員さんとか、サラリーマン中の

    服装の話なんかも交えて、日本の文化と社会の話を

    するんだろうなぁ〜と思います。

    集団で行動している。

    人にみられている。

    こんな感じでしょうか。個人的な発言ですが…

  38. アニキ より:

    「受験の時に、その頭で面接を受けたら通ると思う?」

    これは結果から言うと通りませんよね?ナゼでしょう?

    「髪を染める」という行為自体は何一つ不法なものではありませんし、個人の自由なので好きにすればいいと思います。

    ですがそのこと(つまり「髪を染めるのは個人の自由である」ということ)と、「受験に通るかどうか?」は本来な〜んにも関係がありません。

    「受験に通りたい!」という目的のために、「髪を黒く染めなおす自由」を行使すればいいだけのこと。これも何一つ不法なことではありませんし、個人の自由です。誰にも迷惑はかからない。

    「俺はこのままの髪で受験するのだ!」という人は、それで構いません。「髪を染めたまま受験する自由」を行使しているだけです。それで落ちるのも自由です。誰にも迷惑はかかりません。かかるのがおかしい。

    根本的なことを言ってしまえば、「髪の色」などというどうでもいいことで受験の合否を決めてしまうことのほうがよほど不当ではないでしょうか?

    そして「髪は黒でないと受験できません」というところにわざわざ染めて行くのは単なるバカですし、「そんな決まりのあるところはイヤだ!」というのなら受験しなければいい。

    至極簡単なことだと思うのですが。どうしても行きたいなら、髪ぐらい黒くするでしょ?

    その程度のことが説明できないような教師がいるのでしょうか?

    その程度のことが理解できない子どもが受験に受かると思いますか?

    「規則ありき」で考えると、すごい問題発言に見えるかもしれません。

    ですが校則のほとんどは「なきゃないでいいもの」ばっかりだと思うのですよ。

    そしてそんなものに縛られて学校生活を送るのはバカバカしいのではないでしょうか?

    今、皆さんがゼロから学校を作るとして、「靴下は白で、女子は必ず三つ折りにする」とか、「髪をとめるゴムの色は黒、茶、紺の三色とする」とか、「登校時のマフラーの色は…以下同文」とかいう校則をわざわざ作りますか?

    「作りたい!」という方、おられましたらその理由を教えていただきたいです。

    「既存のルール」を盲信することのほうが、よほど危険であると考えています。

    ご意見お待ちしています。

  39. 夢野 太郎 より:

     根本的には、「その規則はおかしい!」と思った人がおかしいと思った校則を変えるために行動を起こせばいい。これにつきます。

     いくら「それはおかしい!」と、意固地になっても、すでに決まっているものであれば、不合理なものであろうと存在はし続けます。だから、我慢するか、退学・退職するか、校則を変えるか・・・。どれかを選択することになるわけです。

     で、変えたいわけですけど、そのために行動を起こすことは大変ですよね。だから、大変な思いをして「変えるぞ!!」と判断を下す価値があるかどうかだと思います。

     

     今存在している法律や憲法。これが成立するまでに、一体どれだけの時間をかけて、どれだけの人間が行動を起こしてきたことでしょう。

     当たり前のように記載されている憲法の3大原則でさえ、過去においては成立していなかったわけです。過去の憲法や法律を「おかしい」と判断した人達が、長い年月と命をかけて、築き上げてきたわけです。

     校則も、おかしいと思えば、変えていけばいいのです。言葉に出して、そして行動にうつすだけです。

     行動の種類は大きく3つ考えられます。

     1つは、学校の中で。1つは、社会の中で。もう1つは自分です。

     学校の中であれば、職員会議なり、生徒総会などで。

     学校で行っても無理なら社会にその場を移す。署名とったり、メディアに声を伝えたり、裁判でもいい。

     それでもダメなら、自分がその場所から抜けてまったく新しいものを自分で築く!自分が校長になるもよし。政治家になって、法律をつくるのもよし。

     飛躍した考えかもしれないけれど、決まりを変えていくというのは、そういうものだと思います。民主主義の世の中ですから。多くの人が「この規則はおかしい!」と思っていれば、あとは行動する人がいれば変わります。すごい労力が必要ですけどね。行動を起こさないのであれば、そこまでする必要はないと、総合的にみて判断しているわけです。

     ・・・。とりあえずここまで。

     

  40. アニキ より:

    >おさるさん

    まったくその通り。

    そして「そこまでして変えるのもめんどうだし、仕方ないから現状の規則守っとくか…」と考えている子どもがほとんどではないでしょうか。

    私が教師になったらかならずその行動を起こそうと考えています。

    理想的なのは、校則を一度すべて白紙にして、もう一度練り上げていくことです。「なんだこりゃ?なんでこんな校則あったんだろう?」というものがゴロゴロ出てきそうな予感です。

  41. アニキ より:

    言うまでもないことですが、「基本的人権の尊重」(つまり個人の自由)、というものを念頭に考えた場合、「規則」というものはなるべくないほうがいいわけです。ですが現実の世界にはものすごい数の規則がある。これはなぜか?

    個人の自由を最大限に保護するには、逆に個人の自由を制限しなければならないからです。

    「ルール」とは、そもそも個人の自由を守るためにあると言ってもいいでしょう。「公共の福祉」を全力で擁護することが、結果最大限に「個人の自由」をも擁護するのです。

    でなければ法(あるいはルール)の拠って立つ理由がありません。

    「個人の自由を最大限に守る=公共の福祉を守る」ために、ルールは存在していなければなりません。「ルールを守らせねばならない」あるいは「ルールを守る、という意識付けをしなければならない」のも、すべてこのためです。

    「ルールをまもること」はあくまで「公共の福祉」を守るための手段であって、それ自体は目的ではありえません。

    目的と手段がはっきりしている以上、わざわざ「手段のための手段」を作り上げ、社会に(あるいは大人に)対する不信感を増大させることに、意義があるとは思えません。

    ご意見お待ちしております。

  42. より:

    校則を改正する運動として昔の例を一つ。

    神奈川県立の希望が丘高校では昔大規模な校則改正の運動が起きました。

    時は学生紛争の時期。大学生が安保闘争に明け暮れる頃、高校としては始めての動きだったらしい。

    それまでは学ランをビシッと着なくてはならず勉強一本の固い進学校だったようですが、バリケード封鎖・立てこもり・生徒総出の抗議が発生しました。(その間様々なドラマがあったようですが・・)。

    目的は校則の大幅な改正(制服自由化・テストの廃止などなど)でした。

    結果的に制服の自由化を勝ち取り、現在は自由な校風の高校とされています。

    多くの生徒が参加する後夜祭で、毎年全員で熱唱する「TRAIN TRAIN」がその自由を勝ち取ったという当事の面影を残しています。

    (この運動について、誇りに思う世代(紛争以後)と恥だと罵る世代(紛争以前)に分れているようですが。)

    実際高校生が団結して校則改正に対して立ち上がった昔の一例です。

    現在はバリケードを張って立てこもるなどと言うこうした運動をする学校は見当たらないですね。

    校則改正に向けて活動した高校のエピソードもあれば、聞きたいですね。

  43. より:

    |д゚) コソーリ

    そろそろほとぼりは冷めたかな?w

    まずは1つ疑問にお答えします。

    >>「どうしてルールを守らなければいけないのですか?」ということです。

    社会生活(=集団生活)を円滑に行う為です。

    さて、そろそろ議論も落ち着いてきた頃なのでネタばらし。

    実はおいらもアニキさん側のスタンスです。

    アホみたいな校則はクソ喰らえ派です。

    そんなんを強要する教師もクソ喰らえ派です。

    では、何故今回真逆の立場に立ったのか?

    ちょっと議論に深みを持たせたかったんですね。

    「無駄な校則なんかないほうが良い」

    これは極めて真っ当な意見だと思います。

    ただ、そういった意見だけが集まっては議論になんないんですよね。

    ディベートは対立する2つの意見があって初めて成立するので。

    そんなわけでちょっと自分のスタンスとは違いますが、「校則があるんだから、あるもんは守れや( ゚д゚)ゴルァ!!」派として意見を述べさせてもらいました。

    実はこの手法を知ったのは例のオウムサリン事件の時だったりします。

    当時の広報部長であった上佑という人を覚えてるでしょうか?

    彼は学生時代「ディベートの鬼」と呼ばれていたようです。

    そんな紹介の中でディベートと言うものの存在を知りました。

    当時のおいらにとっては「へぇ〜そんな議論もあるんだぁ」と感心しました。

    敢えて逆の立場、逆風を受ける立場を演じることで、議論をより深い方向へ持っていく。

    ディベートって奥深いなぁと思ったもんです。

    ただ、残念なことに俺には上佑氏ほどの脳みそはないので、演じきることは出来ませんでしたが(・∀・;)

    でも、一応ある程度の成果を上げることは出来たと思いますし、色んな価値観を聞けて俺自身凄く楽しかったです。

    まぁそんなわけです。

    皆様、お付き合いありがとうございました。

  44. より:

    なるほど。

    ディベート等の知の議論ではよく行われる手法ですね。

    今、校則についての議論をずーっと読み返してみました。

    アニキさんに紳士殿の白熱した議論が続いていましたね。

    そこへ松城さん等の意見が盛り込まれていて、とても見ごたえがありました。

    気が付けば43もの投稿があったんですね。

    今後も思いあたる事があればちょくちょく書いていきましょう。

    校則と言うと、けっこう記憶が薄れているものですが、

    「ルール」と言う定義だと、みなさんも思い当たる事が多々あると思われるので。

    校則について近々高校生たちと語り合う機会がありますので、また何かネタがあれば書き込みます。

    また、理想の校則って何なんだろう?とか

    校則(ルール)が消えることによる問題点って何かを語るのも良いですね。

    アニキさん・紳士殿をはじめ、この掲示板で意見をくださった皆さんに、この場をお借りして感謝いたします。

    これからも色んな話題について、思いをぶつけていきましょう^^

  45. Hiro より:

    はじめまして、Hiroです。

    勇さんからお誘いを頂いたこともあり、少し議論に参加させて頂こうと

    思ってやってきました。

    よろしくお願いします。

    このスレッドも通して読ませて頂きました。

    子供にルールを守るということとは何なのかということを知らせること、

    それが教育の役割の一つという御意見がありました。

    もっともなことだと思いました。

    でも、やはりちょっと抵抗を感じました。

    そのルールの正当性とか存在理由を説明する必要があるという意見に大

    賛成です。

    そのルールが何故存在するのか、それを説明できない人(先生)が、いく

    ら何を力説しても無力なことですよね。

    子供に不信感を抱かせるようなことをしていたら、とても教育なんてで

    きないんじゃないかと思うのです。

  46. はじめまして。

    今中学生の塾でバイトしています。

    一筋縄ではいかないこどもたちなんですが、

    最近中学入試を意識してか髪の毛の色を黒に戻しました。

    私は校則というのは、ある程度必要でないかと思うのです。

    たしかに変な校則は多いと思いますが、

    『規則を守る練習』として社会に出る前の練習なんではないかなぁ、と思ったりもします。

    規則を守れない子が法律を守れるのでしょうか?

    ↑論点ずれてたらごめんなさい。

  47. アニキ より:

    つかささん、はじめまして。

    規則をまもる練習は、「必要な規則」で事足りると思います。

    「人のものを盗ってはいけません」

    「人を傷つけてはいけません」

    とかいう極当然の規則です。守らないものには当然制裁があります。

    「校則を全てなくしてしまえ!」とは誰も言っていませんよ。

    「意味の無い規則はなくしてしまえ!」と言っているのです。

    法律で認められた自由を「ただ練習のためだけ」「ただ守ることだけが目的」のルールで侵害して良いのでしょうか?

    「ある程度校則は必要」というのは、全くその通りですが、意味の無い校則を守らせる教師の立場はたまりません。特に意味がないにも関わらず、責任だけは負わされる。

    規則は、「意味のあるもの」だけで十分だと考えます。

  48. アニキ より:

    >勇さん

    ぜひ!現役の学生の意見、貴重ですよね。高校生の友達はたくさんいるのでその子たちにも聞いてみようと思います。

  49. アニキ より:

    >>アニキさん

    教師経験があるという事で一度聞いてみたかったんですが、教師による生徒への体罰に対してはどう考えてますか??

    実体験などを踏まえて考えを聞きたいんですが。

  50. アニキ より:

    >原田さん

    そうですね…どのあたりを中心にお話しましょうかね?別スレ立てたほうがよいのでしょうか?もしよろしければ立てていただいて、中心の議題を提供していただけたらありがたいです。

    今日は所用にて外出しますので、また夜か、もしかすると明日になるやもしれませんが…。

    この「校則スレ」と密接に関わってはいると思いますが、やはり別問題として考えたほうが分かりやすいかと思いますので。

    よろしくお願いします!

    あ、追伸ですが、一応、公務員の端くれでしたので、具体的事項や個人情報に関しては「守秘義務」があります。

    あまり細かいことには答えかねる場合もあるかと思いますが、予めご了承いただければ。

  51. アニキ より:

    おぉ、早速のレスありがとうございます。

    なるほど、確かに仰るとおりちょっと分けて考えた方がすっきりして分かりやすいかもしれないですね。

    じゃあ新スレ立てておきますね。

    あ、ちなみに実体験を踏まえてというのは、具体的事項や個人情報等を晒してくださいという訳ではなく、机上の理論じゃなくて、今までに経験した事例や実践上のことをベースとしてどう考えますか?という意味でした。

    もちろんそういった理論をベースに、「で、実際は」という形の論理展開も大歓迎ですけどね(*´∀`)

    分かりにくくてスイマセン。

  52. アニキ より:

    了解しました!

    では新スレのほうに移動しますです。

    コチラのスレは引き続き「校則について」のスレということで。

  53. >アニキさん

    そうですね、意味のない規則は必要はないですね。

    教師として本当に意味のない規則を守らせるのは大変ですね。

    正論です。

    こちらの掲示板はとても親切に話を聞いてくださる人々が多いようなので、また参加させていただきます。

    ちなみに、うちの中学の校則で、「マフラーはしてきてはいけない」というのがありました。とても寒い冬、機能性の低い制服、全くもって不思議でした。

  54. アニキ より:

    >つかささん

    なるほど、そんな校則が…多少の寒さはガマンしろ!ということなんでしょうが、広い意味で捉えると、これも「体罰」ということになるかもしれませんね。

    コレは教師の怠慢だと思います。「マフラー着用を認めると、またややこしい規則を設けなくてはならない。禁止してしまえばラクだ」という。

    「また規則を設けなくてはならない」と思い込んでいるところが、教師の度し難い一面ですね。マフラーなんぞなんでもいいんですよ。

    しいて言えば「長すぎてチャリンコの車輪に巻き込まれて危ない目に会わないように気をつけろよ!」という注意だけで十分です。守らない奴は勝手に巻き込まれて危険な目にあうだけですし。

    なにか新しいものが現れるたびに、「規則つくらなきゃ!」と考えるのが日本の教師の悪い癖なのかもしれませんね。

  55. mishika より:

    >>「マフラー着用を認めると、またややこしい規則を設けなくてはならない。禁止してしまえばラクだ」

    こういう発想って、教師に限らず公務員全体にも言えるような気がしたのは俺だけでしょうか??

    何かに関わる時にその後の面倒をまず考えて、結果関わらない(=禁止する)という発想をするという事ですけど。

    あーでも、これはスレ違いですね。

  56. mishika より:

    小学校には茶髪、ピアス禁止の校則はないということで、そういう子どもがかなりいます。親も茶髪、ピアス。当然ですよね。PTAの一部には学校がそれを禁止する新しい条項を校則に入れる気がないのなら、PTAでという声もありましたが、役員の交代などで立ち消えになりました。

    校則になければ許されるというのもどうかと思います。カッターナイフでクラスメイトの首をなんていうのも、当然校則にはありませんが、ないものもその是非は自分で考えてという教育も必要かもしれません。

  57. Hiro より:

    かもしれません、ではなくて、当然だと思います。

    ありそうな事例を全部書き連ねる校則

    考えただけでぞっとしませんか?

    何でもマニュアルに頼る現代の若者感覚にはあうのかも知れませんが・・・。

    おっと、そういう冗談を言っている場合ではないと思います。

    親も、先生方もがマニュアル人間になってしまっている可能性大なんですね。

    やっぱり、ぞっとしてしまいます。

  58. ヒサコ より:

    話題が戻ってすみませんが、私が卒業した福岡の県立高校も長い間マフラー禁止でした。

    先生に理由を尋ねると、マフラーは質実剛健という校訓にそぐわないからということでした。

    思わずずっこけましたけど。

    高3の時にやっと「華美でないもののみ可」となってホッとしましたけど。

    マニュアルってわけじゃないと思うけど、最近までマフラー=軟弱と捉えていた学校もある意味ツワモノだなと・・。

  59. 匿名 より:

    はじめまして、

    高校の時も服装検査がありましたね、教師が事前に

    「今度の土曜日あるよ」と知らせるので、皆その日だけ

    髪の毛を黒くしていましたけど(笑)。

    普段も「あ!生活指導の○○だ!逃げろ〜」(皆でダッシュ)

    「これっお嬢様方!!(先生)」という感じでゲーム感覚。

    進学校で勉強に専念させるために校則を作るという

    考えは、今にして思うと理解できます。服にお金をかけずに

    すみましたし、気を遣う部分が限られているので、楽だと

    いう気持ちもありました。

    逆に校則があるせいで、限られた範囲でいかに自分らしく

    見せようか考えるので、むしろ今よりも服装や持ち物の

    デザインに気を遣っていたような気もします。

    「建前上、一応禁止ね、でもみんなやってるよね」程度の

    緩い校則なら、あってもいいかなと思います。

    嫌だったのは上級生とかがごちゃごちゃ因縁つける

    いわゆる「裏校則」。中学生の時でしたけれど、

    うざかったですね。

    校則のあるなし、ではなく、それをいかに教師が扱うか

    ということを考えるべきだと思いました。

    何が何でも遵守させることばかりに注意を払うと、

    教師も学生もマニュアル人間になります。学校という

    治外法権のエリアでの人権侵害だってありえます。

    逆に、建前上は禁止にしておきながらも、基本的には

    生徒の良識を信じたり、そもそも何故そういう規則が

    あるのか?ということを考えるようにし向けるのが

    教師の役目の一つではないかと思います。

    自分の頭で考えることや創造性を発達させることは、

    生きることにも学業にも必要なことですしね。