原平さんとの出会い

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コメント

  1. himanainu_kawai より:

    僕は、赤瀬川原平がやることは、作品にしろ小説にしろ

    冗談にしろ、全て「芸術」だと思ってます(たまに「超」も

    ある訳ですが)

    そういう意味でも、今日本で「芸術家」は赤瀬川原平と会田誠だけ

    (森村泰昌もいるか、でもその三人くらい)と思ってます。

  2. himanainu_kawai より:

    偽造お札でつかまったってのが痛快です。

    元祖コンセプターとしてもいいですね。

    大づかみにするという能力が最近の若手は

    落ちてきていると思います。俺たちもがんばろう!

  3. ysk より:

    中学2年生の時『東京ミキサー計画』に出会ってやられました。

    その後、ネオダダ、美学校、トマソン、尾辻、桜画報、外骨、と進み、

    20歳頃にようやくリアルタイムで追いかけられるようになったのですが、

    芸術とかなんとか以前に、他人事とは思えません!

    ということ(どういうことだろう)で、よろしくお願いします。

  4. ysk より:

    中学のときに新潮文庫の『櫻画報大全』を立ち読みした

    のですが、そのときはあまり「ピン」と来ませんでした。

    しかし大学に入った年(1989年)に『東京ミキサー計画』

    や『いまやアクションあるのみ!』や『超芸術トマソン』

    やもろもろのエッセイや小説にハマってしまい、「ああ、

    このひとにはついていこう」と思いました。

    だけど、ここ数年の著作には、あまり目を通していない

    のですが……

    地味な作品だけど、尾辻名義で書いた『雪野』という

    私小説も、けっこう好き。あとは『ぱくぱく辞典』も。

  5. イリヒー より:

    今日、東京都現代美術館に「オノヨーコ展」を観に行って来たのですが、常設の方に原平サンの梱包扇風機が展示されてました!

    おばちゃんが神妙な顔で見ておりました。

    そして併設の「再考 近代日本の絵画」にはハイレッドセンターの他のお二方の作品が展示されてました!

  6. イリヒー より:

    トマソンから全面自供までほとんどの著作を読ませていただきましたが、衝撃的な出会いはなんと2年前の冬に電車で赤ら顔の赤瀬川さんが居眠りしているところを目撃しました。少し見ていたら、目が開きかけてまた閉じていました。色々と楽しげな活動をしてきている芸術家も睡魔の前では単なるおじいちゃんでした。

  7. 昨日、青山ブックセンターで「日本美術応援団」のトークショーがあり、生まれて初めて生で赤瀬川原平を拝見し、とても感動しました。行かれた方いらっしゃいますかー?

  8. イカスミ より:

    高校時代糸井さんのファンで(爆)よく話に登場するのでお名前だけ先に知ってたんですが、その後宮武外骨なる怪物ジャーナリストの特集をスタジオ・ヴォイスでやっててそれで見たのが最初かなぁ。力の抜け加減がすごくいい感じの人ですよね。本もめちゃ面白いし!!

  9. あすか より:

    赤瀬川さんに選んでいただいたおかげで写真の公募で入賞しました。これが出会いのきっかけです。

  10. Kayo より:

    はじめて見たのは「正体不明」という写真集でした。あの独特の視点が印象的で名前を覚えてしまい、その後「新解さんの謎」を購入。私の笑いのツボにはまりすぎ、決して電車内では読めません。

    皆さんご本人に会われているんですね。いーなー。

  11. こむぎ より:

    恥を恐れず告白するならば、

    「写真時代」に連載されていた超芸術トマソンから入りました。

    バールのようなもので殴られたかのごとき衝撃でしたね。

    南伸坊は元々好きで、いずれ知ることになっていたかもしれないですが。

    その後、バイトで行った弓立社に森伸之という方がいらして、

    この人が路上観察学会の一員。いろいろ入れ知恵されました。

    http://www.lares.dti.ne.jp/~mol/

    藤森照信さんを教えてもらって看板建築に興味を持ったり、

    といった経緯で今の価値観を持つに至ってます。

  12. こむぎ より:

    そういえば

    「ガロ」の「お座敷」掲載号(`70年6月号)と

    「おざ式」掲載号(`73年7月号)は

    他の古本と比較すると比較的入手も容易で

    値段も手ごろなのでオススメですよ。

    特に`73年7月号は表紙まで赤瀬川原平!!

    他のマンガも読むと、当時の空気とか彼の位置付けを

    知るヒントになりますしね。

  13. こむぎ より:

    みなさんご存知なんでしょうけど、

    太陽という雑誌の1999年9月号が赤瀬川原平特集で、

    それなら持ってます。

    これも表紙まで赤瀬川原平ですね。

    自宅”ニラハウス”から、オールヌードまで

    96Pのボリュームで全載りです。

    氏の足跡を俯瞰するにはいいかもです。

  14. ダリ夫 より:

    「ろっこうおろし」ジプシーブラッド

    みなさん、これちゃんと買ってありますか?

    ハガクレから出てる紙ジャケCDもそろそろ廃盤になりますよ。

  15. ダリ夫 より:

    金井美恵子さんのエッセイ集で「赤瀬川」という名前を見たのが最初だったと思います。それから尾辻さんの「肌ざわり」を読んで、同時にちくま文庫の『超芸術トマソン』という感じです。

  16. ダリ夫 より:

    ハンジョー〜高級芸術協会周辺から入って、「東京ミキサー計画」で衝撃を受け、尾辻文学&トマソンで狂いました。いきおいで美学校に入学。赤瀬川先生が教鞭を取った最後のクラスに間に合いました。今月号の「美術手帳」赤瀬川原平特集で、美学校卒業生の一人として名前を載せてもらったのが、すごく嬉しかった…。

  17. yuji より:

    先日本屋で見かけたのですが、「美術手帖」の最新号の特集が赤瀬川さんでした。けっこうページ数をさいて特集しています。:-)

    BT美術手帖2004年8月号

    http://www.bijutsu.co.jp/bss/BSS_files/BT_top.html

    特集■芸術家・赤瀬川 原平

    ネオ・ダダ、ハイレッド・センターから老人力、日本美術応援団まで

  18. 中野 より:

     出会い、という意味で言えば

    宮武外骨について書かれた本を手にしたことからですね。

    その後、順番が前後してトマソンに出会ったり。

  19. ban より:

    ちくま文庫のトマソンだった。

    しかし実はそれ以前に写真時代の連載も目にしていたんだが、

    そのときはまだ自分にそれを面白がるチャンネルがなかった。

    その後著作をかなり追いかけた。文庫だけど。

    おかげで一時期文体に凄く影響を受けた。

    でも文体は真似できても、この人の視点の面白さは到底真似できない。

  20. koya より:

    現代美術に目覚め始めた頃、調べていたらネオダダ、

    ハイレッドセンターや東京ミキサー計画のことを知りました。

    でもこのころは面白いし興味深いけど…という感じ。

    まもなくリアルタイムで「トマソン」に出会い

    ショックを受けました。

    なんせ「美しい」ので。

    その後は皆さんとほぼ同じかな。

    「視点のおもしろさ」というところで。

  21. A¥A より:

    私は故安原顕氏が編集長だった頃のマリ・クレールの連載「尾辻克彦のぱくぱく辞典」です。10年以上前。時のたつのは早い…。

    それから路上観察の人とこの人は同じ人だと知り、トマソンを知り、ずるりずるりと中毒になって行きました。

    本屋に入ればちくま文庫の棚の前でうろうろ。名古屋の美術館での回顧展も東京から日帰りで。宇宙の缶詰にくらくら。

    赤瀬川さんを知ってから、ものの感じ方がすごく自由になった気がします。

    美学校で教わりたかった…。

  22. AKI より:

    こんにちわ。トマソンも大好きなのですが、「新解さんの謎」が出会いです。何度読んでも面白いです。父親に進められて、読んだのがきっかけです。

    赤瀬川さんと言えば南伸坊さんも大好きです。「装丁」と言う本が良かったです。

  23. AKI より:

    私も新解さんの謎で出会いました。

    次に辞書を買うときは必ず新解さんにしよう!と

    思いつつ○年。

    なかなか買い替えないですよね・・・。

  24. cobra より:

    つらつら思い起こすと、「第二次千円札事件」の新聞記事だったような気がします・・・朝日新聞。

  25. POM より:

    私は写真家としての赤瀬川さんから出会いました。

    中学生の頃、受験勉強をしにいっていた図書館で集中力が切れた時にみつけた写真集が「正体不明」でした。

    最近新刊が出て地元が正体不明撮、され感慨深かったです。

    自分の撮る写真にも多く影響しました。

  26. wee より:

    出会いは、昔ビックリハウスで連載されていた「人肉はまだ食べてないけど」というエッセイからです。名古屋の美術科の高校に転入(?)して初めての木炭デッサンの授業で食パンがまわってきて、消しゴムに使うとは知らずに「まさかおやつか?」と思いつつこっそり食べた…という話が凄く面白くて爆笑しました。だから私にとって赤瀬川さんは芸術家というよりも面白いエッセイを書く人というイメージで入っていきました。

    「人肉〜」は今は「少年とグルメ」というタイトルで文庫化されているはずです。「人肉〜」の方が面白いんだけどなあ。

  27. Tzz-zy より:

    はじめまして。sunaと申します。

    私も「超芸術・トマソン」経由です。街には驚きがいっぱいあること、ばかばかしいことを一所懸命考えるダンディさ、など、教えられたものは多いです。

    ところで、あの六本木ヒルズって、例の「麻布煙突」の跡地になるんででしょうか?

  28. Tzz-zy より:

    >例の「麻布煙突」

    あのトマソンの代表的建造物が(個人的に無用の長物としか思えない)六本木ヒルズに変化したのだったら、面白いですね。

    尾辻克彦名義の「偽金づくり」を思い出します。

  29. Tzz-zy より:

    私が赤瀬川さんを知ったのは、「ハリガミ考現学」(南伸坊)→「路上観察学入門」→「超芸術トマソン」という流れです。その後、「東京ミキサー計画」で、特に「宇宙の缶詰」にショックを受けました。あんな逆転を簡単に(簡単じゃないのかもしれないけど)発想するなんて。

    「新解さん」も面白いけど、その前に出た「こいつらが日本語をダメにした」(東京書籍、現ちくま文庫(?))も面白いですよ。日本語の言い回しに、無理やりヘンな解釈を加えてヒネっていくという対談集です。

  30. Tzz-zy より:

    芸術新潮の「東京封物誌」連載(『東京路上探険記』)を見て開眼。脳内リゾートははてしない!

    > ところで、あの六本木ヒルズって、例の「麻布煙突」の跡地に

    煙突はアークヒルズのほうですね。

  31. 初めまして。

    私が赤瀬川さんを知ったのは、NHKの朝のニュースの路上観察コーナーからでした。

    おもしろいかも……と思って『超芸術トマソン』を買ったらもうトリコになってしまいました。

     

    余談ですが、『麻布煙突』の持ち主の息子がうちの母の小学校の同級生だったらしく、煙突の顛末を教えたらショックを受けておりました……

  32. noboru より:

    多分、昔の宝島かなあ。村松さんが編集長だったころの。

  33. chiko より:

    初めまして。

    私はかれこれ数年前、大学生の頃友人が「トマソン」を語っていたのをきっかけに、「トマソンって何?」と興味を持ったのがきっかけです。

    その後源平さん著書の本を読み漁り、「缶詰のラベルを内側に貼って【宇宙の缶詰】にした」という作品を拝見して、想像力の素晴らしさに感動した次第・・・

    あと、たまたま近所が源平さんちだったので、散歩がてらニラハウスを見に行きました(ストーカーじゃないですよ!一度きりですよ!)

  34. ぐり より:

    はじめまして。

    多分、お誕生日が同じなのと、おねしょピリオドが

    おんなじような感じなので、なんか昔から気になる

    お方でした。体質が呼ぶのかもしれない。

  35. チャイ より:

    はじめまして。私は大学生の時、付き合っていた人が

    「超芸術トマソン」を購入したのがきっかけでした。

    そこから大学の図書館で「学術小説 宮武外骨」(タイトルうろ覚え)を読み、古本屋で「桜画報大全」を買い、どんどんのめりこんで行きました。「全面自供!」は読み応えあってオススメですよ(^^)

  36. 小学生だったかの時、猫文学を読み漁っていて

    「我輩は猫の友達である」を読んだのが最初です。

    つかず離れずで高校ぐらいに尾辻克彦==赤瀬川原平だとしりました。でもいまはかなり離れてます。すみません。

  37. サーチ より:

    随分昔のことではっきり時期は覚えていないのですが「2枚重ねのトイレットペーパーはメーカーの陰謀だ」というようなことおっしゃっていて、激しく同意致しました。

  38. mako より:

    はじめまして。私は「新解さん」のころ初めて出会って、アート系&ネコ系でこんなに面白いものを書く人がいるんだ、とのめり込んでしまったのが始まりです。

    「老人力」のころはサイン会にも行きました。

    ところで、古いファイルを整理していたら、このようなもの(写真)が出てきました。あれから何度も引っ越しして、今は海外住まいなので、もう実物を持っていないのですが、原平さん直筆のPOPです。

    下北沢のとある書店に飾ってあって、それを見た日は眠れなくて、思い詰めた翌日、その書店にTELして「赤瀬川サンの直筆POPください」と頼み込んで頂戴してしまいました。

    絵が、すごい好きです。

  39. 餅子 より:

    最近、筒井康隆氏からハナモゲラ経由で知りました。

    「日本美術応援団」が最初の本です。

    独特な力の抜けた語り口にずっぽりはまりました。

    今彼の半生を一生懸命遡っています。

    知れば知るほど好きになってしまうお方です。

    ヴィレッジ・バンガードで赤瀬川原平特集コーナーが設けられてました。

  40. hiko より:

    はじめまして。

    15年くらい前に読んだ「千利休 無言の前衛」が最初です。

    (ちょっとカーブのような入り方でしょうか。)

    そのときは、なんだかよくわからないけどすごいなー、

    というような、はじめて異質なものに出会ったような感じが

    していました。当時、どういう存在の方かも、しらなかった。。

    宇宙の缶詰のお話は感動しました。

    最近やっと、古書店で「東京ミキサー計画」を手に入れました。

    私は赤瀬川さんの、力が自然に抜けている感じ、

    知らないものに対する受け止め方が、とても好きです。

    特に千利休の本は、最初に読んだからというのもある

    のですが、読み返すたびにじわじわ面白さが広がります。

  41. Tzz-zy より:

    > 39: 餅子 さん、

    > 最近、筒井康隆氏からハナモゲラ経由で知りました。

    そういう通路ができたんですか!(?) 筒井さんのファンでもあるので気になります。どんなふうなんだろう。

  42. 他故隊長 より:

    はじめまして。

    他故(たこ)と申します。

    高校生の頃に読んでいた「写真時代」でトマソンを知り、親にねだってコンパクトカメラを買ってもらったのが運の尽き。

    トマソンを追う→路上観察を行う→考現学に覚醒める→でも普通のサラリーマンになる(あれ?)という青春時代を過ごして来ました。

    いま思えば気恥ずかしいのですが、二十代の頃に絹丸を主人公にしたトマソン小説を書いたことがありました。

    そのくらい、氏の生き方、考え方、文章に傾倒していたのでしょうね。

    氏の著作はハードカバーを含め目がつく限り購入していたのですが、社会人になってから財力が低下し、ここ数年はまったく追いついていないのが正直なところです。

    もうちょっと稼いで、欲しい本くらい自由に買える身分になりたいと思うのですが。

  43. 餅子 より:

    >41 Tzzzyさん

    定本ハナモゲラの研究という本に赤瀬川さんも参加しておられました。

    両氏に友人関係があったという話を、私は目にしたことがないので、

    詳しい方にご解説お願いしたい次第です。

  44. イベコリ豚 より:

    はじめまして、セギールと申します。

    僕は「新解さんの謎」がデビューです。

    あれほど、辞書をユニークに解説してくれたものはないです。

    というか、あの辞書自体ユニークだからおもしろかったのですが、あれを取り上げたのはすごいです。

  45. イベコリ豚 より:

    はじめまして。

    赤瀬川原平氏デビューは遠い昔の「ガロ」です。

    以降人生のかどかどで、赤瀬川氏につまづいてきています。

    最近はもっぱら「日本美術応援団」公開ゼミです。

    昨年のABC閉店で「日本美術応援団」のFAの行方が心配で

    仕方ありませんでしたが、店舗再開で取り敢えず一安心しています。

  46. ユミナマ より:

    はじめまして。

    43 餅子様 筒井康隆著「みだれ撃ち涜書ノート」(集英社文庫)に由りますと、赤瀬川原平氏著「夢泥棒」の帯の推薦文を、筒井康隆氏が書いた、との事です(註、涜の字は本当は違う字です、G3のオ馬鹿っ)。

    私のデビューは、「桜画報」です(多分、青林堂で最初に出た版)、病院の図書館で借りました。ボロボロでした。

  47. 初めまして。

    私の赤瀬川デヴューは図書館で偶然見た「正体不明」です。

    あの写真の不思議さとポツッと一文が書かれてるだけのシンプルさに

    何度も借りてきては赤瀬川ワールドに浸っていました。

    でも「これは自分の本棚になくてはならぬ!」と思い立ち、購入したはいいもののそれから一度も見てません(^^;;)

    新解さんの謎もそうですが、赤瀬川さんは文から「絵」を想像させるのが

    うまいなぁと思ってしまいます。

  48. AT より:

    皆様はじめまして

    わたしの場合は「超芸術トマソン」でした。

    NHKの朝7時前にマンホールのふたや役に立つようで

    実は役に立っていないもの、を紹介する番組を見ていたのが

    はじまりでした。

    渡辺和博さんの「金魂巻の謎」で紹介されていた「文化人」が

    赤瀬川さんのことではないのか?とかなり後になって

    気づきました。「作品とは名ばかりのニセ千円札は…」と

    いうくだりでぎょっとしたんですけど。

  49. 私も、「超芸術トマソン」です♪。

  50. Tzz-zy より:

    >43 餅子さん

    >46 ユミナマさん

    情報ありがとうございまーす!

    なるほどそういうところに筒-赤ラインが。

    博引旁証とはユミナマさんのことかと。

  51. マニャミ より:

    初めまして。

    僕の赤瀬川さんとの出会いは、今を去る事33年前にもなりますか、その頃の僕はまだ小学生でしたが、当時住んでいた家から歩いて3分のところにある図書館で出会った、学生運動などと絡んで主要なサブカルチャーとして世間に認知されて来た頃の漫画が特集された本からでした。

    署名は既に忘れてしまいましたが、その本には氏が朝日ジャーナルに連載していた“櫻画報”や、“現代の眼”、“美術手帖”に描いていたその後の漫画が載っていて、他にも林静一氏やつげ義春氏の漫画が載っており、そこから“ガロ”を意識し始めたと言う訳です。

    僕が興味がある事の一つが、“肌ざわり”や“父が消えた”で赤瀬川さんを知って今に至る方がどれぐらいいるのかなあ、と言う事なんですけど(^^;

  52. マニャミ より:

    >CHIEさん

    私も同じく『正体不明』からです!

    特に『植物ワイパー』が好き。

    なんか不思議で見れば見るほど違う世界に行っちゃうんですよね。

  53. nohito より:

    nohitoと申します.はじめまして.

    赤瀬川さんとの最初の出会いは,確かアサヒカメラ系の出版物で,カメラレビューという雑誌なかに尾辻克彦名で「こんなカメラが欲しい」という読み物でした.

    その記事で覚えているのはライカM4の巻き取りレバーが斜めに付いていて,そのレバーが今にも落ちそうなのがイヤだという記事でした.(今見るとこのレバーはデザイン的に見ると美しくない.)しかし,その文体は好きにはなれませんでした.

    その後,写真から離れましたので,トマソン活動は知りませんでした.(惜しいことをした)

    数年前,偶然,ある美術館で日本美術応援団団長の山下祐二さんとの対談を聞くことが出来まして,その対談が面白かったので、最近では彼の本をよく読んでいます.日本美術の面白さに目を開いてもらえたのも、私にとってありがたいことです。

    蛇足ではありますが,ライカ同盟の秋山祐徳太子さんが都知事選挙に立候補したとき,私は東京に暮らしていまして,秋山さんが回転灯付のヘルメットをかぶり肩車されながら新宿の街を遊説しながら練り歩いていた光景は今でも鮮明です。この時代の日本は元気に溢れていたのが懐かしい思い出です。

  54. hana。 より:

    はじめまして。(^▽^)ノ

    会員数が666番目で、これは縁起がいいかなと思い失礼させて頂きました。

    擬人化というのは良く聞くが、擬物化というのはどうだろう?

    私を一台のコンピューターとしよう。

    その機能中枢であるCPUの性能はというと、「科学と抒情」

    「芸術原論」「純文学の素」…等一連の赤瀬川ソフトウェアを

    インストールしているということで、その思考ルーチンは概略

    推測できる。

    笑いのツボを心得たエンターテインメントと言えると思うのだが

    「芸術」の「前衛」を追い越した「超」人だし p(^-^)q 

    インストールされた問題の赤瀬川ソフト群の一端(証拠物件)

    著者: 赤瀬川 原平

    タイトル: 芸術原論

    著者: 赤瀬川 原平

    タイトル: 科学と抒情

    著者: 赤瀬川 原平

    タイトル: 純文学の素

  55. hana。 より:

    はじめまして。

    僕も赤瀬川さんのやさしく

    わかりやすい文体大好きです。

    絶対少年さんのインストールのくだりをお借りして…

    (初めてなのにすみません。)

    ■インストールされた問題の赤瀬川ソフト群の一端(証拠物件)

    著者: 赤瀬川 原平

    タイトル: 芸術原論

    著者: 赤瀬川 原平

    タイトル: 超芸術トマソン

    著者: 赤瀬川 原平

    タイトル: 千利休 無言の前衛

    著者: 赤瀬川 原平

    タイトル: 赤瀬川 原平の今月のタイマッチ

    著者: 赤瀬川 原平

    タイトル: 全面自供!

  56. フリルス より:

    高校時代放課後は毎日のようにガッコの図書館行ってまして。

    「正体不明」と「ベルリン正体不明」を偶然手にして前者がスゴクおもしろくて、図書館に「トマソン」等もあってハマりましたー

    あの高校の図書館にはお世話になったなー

  57. フリルス より:

    出会いは超芸術トマソンでした。

    浪人中、予備校に通う電車の中で、煙突の物件の顛末を楽しく読んだ記憶がございます。

    ご本人は大学の講義や町田駅での度重なる遭遇などで拝んだことがあります。

    にらハウスを見てみたいですね。

  58. はじめまして。

    出会いは白洲正子のエッセイで絶賛されていた「利休 無言の前衛」でした。

    本当にやさしく楽しい文体に読書は決して得意でない私もスルスルと引き込まれて行きました。

    やさしいのに内容がとても深く、なんか自力ではとてもそこまで行き着けないところをガイドが連れて行ってくれたような感じでした。

    今でも私の中ではベースの一冊です。

    その跡は芋づる式に彼の他の本や藤森照信の本に行きました。

  59. はじめまして。

    私も出会いは「無言の前衛」でした。

    やさしくて、愉しい。でも最後の方でかなりドキッ

    とさせられる結論が少しだけ深刻モードで書かれていて…

    「この人、ホントはすごい人?」と思った記憶が。

    その後は、「無言の前衛」以後に書かれたもの、

    以前に書かれたものと分けて、自分のその時の精神状態

    に応じて読み分けています。

    弱っている時期はポスト利休、余裕のある時期はプレ利休

    って感じですね。この人の文章って、エッセイにしろ

    小説にしろ、遡れば遡るほど、老人力が弱まって

    壮絶になっていく傾向があると思うのですが。

    いまは仕事で疲れてるので「運命の遺伝子UNA」

    を愉しくゆるやかに読んでます。

  60. 機能別ヘ より:

    はじめまして。

    私の赤瀬川さんとの初めての出会いは当時、読売新聞のコラム欄に掲載されていた『ゼロ発信』でした。

    2000年問題やらが話題になっていたり、私も使用していたiMacの記事やペットの話題等、コラムのわりには思いっきり日記化している文面に惹かれてしまいました。

    挿絵もほのぼのしていてとても魅力的だったので、新聞読まない私(当時18歳;)が毎日その記事を読む為だけに新聞を広げていたことを思い出しました♪

    今ではそれが習慣づいてしまい、毎日 新聞を読んでおります。

    私が新聞を見る様になったのは赤瀬川さんのおかげです!!(-w-)

    その後、この方が前衛芸術家なのだと知った。

    その後、この方はカメラ好きなのだと知った。

    その後、この方の路上観察学会のシンポジウムに参加した。

    その後、この方と誕生日が同じだという事を知った。

    ホント、びっくりした。

  61. うちやん より:

    出会いは1967,8年「オブジェを持った無産者(現代思潮社刊・現在絶版」です。この書は自分にとって原点です。当時ガリ版刷りのミニコミ誌を作ったりしていましたがそのタイトルにこの書の中の一文「ポケットに歯ブラシを」を使わせていただきました。返信用ハガキを入れたこのチッポケな小冊子を送ったところちゃんと返事を頂きました。高校を出たら「美学校」の「絵文字工房」に通いたいと思いましたが経済的に断念しました。その後劇団活動をするようになって(75年〜)そのポスターを原平さんにお願いしました。もちろん飛び込みで。3度ほどやっていただきました。この時代のことご存知の方ご一報下さいね。我が家には\300時代に”交換”した大日本零円札”もありますよ。

  62. みきっぺ より:

    親友のお父さんがイラストレーターで、個展のオープニングパーティで

    お会いしたのが、原平さんとの出会いでした☆

    今から12、3年前です。

    恥ずかしながら、それからですね、本を読み始めたのは。

    「東京ミキサー計画」が一番初めです。

    ちょうど、その親友と路上パフォーマンスをしていた時期なので、

    ものすごく影響をうけました。

    すんごい人なのに、ただのおもしろおじさんぽくもあるところ、

    独特な存在感たっぷりの原平さんに、今もクラクラしっぱなしです。

  63. うちやん より:

    やはり・・・誰も「オブジェを持った無産者(現代思潮社刊・現在絶版」

    はご存知ないみたいですね。当時(1970年9月)原平さんの「ポケツトに歯ブラシを」というタイトルを借りて創刊したミニコミの巻頭文を日記(10/6)に載せましたのでよろしければご覧下さい。

  64. うちやん より:

    うちやんさん、僕はずっとその「オブジェを持った無産者」を探し続けてるんですよ。

    でも、「鏡の町皮膚の街」とかは手に入ったんだけど、どうしても「オブジェを持った無産者」だけが見つからなくて。

    こんど神田にでもいく機会があったら探そうと思ってるんです。

  65. うちやん より:

    赤瀬川原平著作リスト

    http://www.asahi-net.or.jp/~jr4y-situ/refer/genpei.html#list1

    によると「オブジェを持った無産者」は最初(70年)の単行本らしいですね。「鏡の町皮膚の街」は1976年発売だそうです。とにかく「ガロ」によく書いていた頃の原平さんはようやく「朝日ジャーナル」というメジャー雑誌に連載を持つことになったのも束の間、本体を「包装紙」だと言っちまって、しかもその本体自身を戦前の教科書になぞらえて「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」というパロディにしてしまって上層部が激怒、本誌回収という事態にまでなり遂には「追放」され、その後「読売」や「毎日」からも追放・・・結局また「ガロ」に避難して細々と描いて(書いて)いたんですよね。それがある時大きくUターンして小説という道を迂回して再び出版界へ切り込んで来る・・・その後芥川賞受賞(何か自分のことのように嬉しいというかこそばゆかった)そして「老人力」のベストセラーへと・・当然といえば当然の「陽の当たる道」を歩むことになったんですが、ぼくからすると1970年代の(たぶん)食えなかった時代にも密かに応援し続けたことにファンとしての自負を持つものなんですよ。まあ他のみなさん若いですから。

  66. ペン より:

    はじめまして。

    まちがえて赤瀬川「源」平で検索してしまって、見つからず危なくコミュニティをたてようかとしてしまったあわてものです。

    赤瀬川氏との出会いはやはりトマソンですね。その後「芸術原論」とか「東京ミキサー計画」だとか読んで、ガロの「お座敷」(ねじ式のパロディ)で爆笑し、カメラ雑誌の連載も毎月立ち読み、タイトルとか名付けなどの言葉のセンスに脱帽と言った感じで今に至っています。

    ライカ同盟を映画化してほしいと本気で思ったりもしていました。

    老人力あたりからはあんまりしりません。

    建築家として、彼の家の設計をした藤森氏にジェラシィを覚えたりもしています。

  67. はじめまして。

    僕は91年頃、当時まだパルコ出版から出ていた「東京ミキサー計画」が最初だったと記憶してます。

    まだガキんちょでしたが現代美術指向だったので、ナムジュン・パイク氏の関連書籍もしくはネオダダ系からリンクして行ったように思います。ハイレッド・センターのハプニングと、60年代の熱気にはめちゃめちゃ影響されました。その後は遡るように「桜画報」やら「追放された野次馬」やら探し出しては喜んでました。「肌ざわり」とかそのへんも(残念ながら「オブジェ…」はまだ未見です)。

    横浜美術館での「戦後日本の現代美術」展で、ハイレッド名義でコメントが出ていたのには驚喜したもんです。

    今はなきペンローズ・インスティテュートでの講演で、当時での0円札の交換レートを質問したのも懐かしい思い出です。

    寺山、唐をはじめ、60年代って今でも光って見えます。

  68. うえはら より:

    宮武外骨経由でボンヤリと赤瀬川さんの存在を知り、決定的になったのは95年(でしたかね)の名古屋市美術館「赤瀬川原平の冒険・脳内リゾート開発大作戦」でした。こんな芸術もあったんだ!!!と目からウロコ。いっぺんで好きになりました。もう10年経つんですね。そろそろどこかで回顧展やってくれないかなぁ‥。

    赤瀬川さんの活動ではハイレッドセンターが一番お気に入りです。面白くてカッコいい。『東京ミキサー計画』はバイブルです。

    しぶ〜い声もお気に入り(笑)。

  69. たけ より:

    初めまして。

    10年少し前でしょうか、本屋で何気なく手にとった

    「少年とグルメ」の文庫本が、最初の出会いでした。

    そのときには、ただのエッセイストだとしか思っておらず、

    しかしあの独特の文章に中毒になり、

    「超芸術トマソン」の文庫本を読み、

    トマソンなのに決定打となってしまいました。

    ハイレッドセンターの活動は、ショックでした。

    自分が鼻を垂らした子どもだった時期に、

    あんなに面白いことをやってたおじさん達がいたのかと思うと、

    悔しくてうらやましくてたまりませんでした。

    自分のまわりの人に、「面白いから読んで」と勧めても、

    なぜか「う〜ん、どこが面白いのかわからん」といわれ、

    孤独感を味わった(←大袈裟)ものです。

  70. Nかわ より:

    はじめまして。

    僕は大学の講義での超芸術トマソン。

    それ読んでトマソンさがして来いという。

    確か日本文化論という講義でしたが、トマソンが文化なのでなくそれを見る目、感覚が日本文化に通ずると言いたかったのでしょうかね。

    侘しさ、寂しさも持ってますしね。

    日本文化論。

    そんな講義に使われたなんて本人は笑ってくれそうですが。

    気づいたら僕もカメラ片手に街を徘徊するようになりました。

  71. バンブ〜 より:

    どうも、ぼくは大学の授業で路上観察学会を取り上げたNHKの映像見せられて興味を持ち、さっそく図書館で「科学と抒情」を借りて読み、なんか変なオッサンだけどおもろいなあと好きになりました。

    以来ゲンペイさんの本を買いあさっては( ´・∀・`)へーと感心しながら読み、ステレオ写真を見ることができるようになった時は少し涙が出そうでした(実際はまったくでませんでしたけど)。

  72. たみい より:

    はじめまして。私も『トマソン』が出発点です。

    その衝撃的なトマソンの出会いから、

    原平さんを追いかけて、美学校という学校にはいりました。

    で、今日、その美学校のコミュニティを作ってみましたので、

    ご存知の方は是非、お立ち寄り下さい!

    http://mixi.jp/view_community.pl?id=562232

    おじゃましましたー!

  73. 1972年度、美学校 赤瀬川原平絵文字工房の生徒でした。

    昔、遊びに行った事ありました。

    (当然ニラハウスではなく、杉並・善福寺に御住まいの頃。

     零円札、その時買いました)

    下の日記、No.11とNo.27に赤瀬川氏関連の文章書いてます。

    http://www2.odn.ne.jp/~aaj03250/nikki1.html

    (サイト、半年以上更新してませんけど)

    「ロイヤル天文同好会」の会報誌「ゴムの惑星」(ガリ版)とか

    頂いた手紙とか持ってましたけど、転々とした暮らしの中で無くしてしまいました。(汗)

    いつ頃からかは知りませんが、「猫びより」という雑誌に

    氏のエッセイが連載されていますね。

    (現在発売中の1月号と、その前の11月号(隔月なんです)には

    当方作品も数ページ紹介されてます。横尾忠則インタビュー記事とかもあります)う〜ん、PRですね。(苦笑)

    http://www.nekobiyori.net/

  74. うちやん より:

    >シルエット工場さま

    わたしは70年代半ばに小劇団で活動してまして、それまでもファンだった原平さんに、どうしても公演のポスターを書いてもらいたくて、直接電話でお願いしました。75〜78年くらいの間に3回書いていただきまた。無理言ってかなり廉価で。打ち合わせの度に西荻窪のこけし屋や小鍛冶という喫茶店を使ったということは、練馬にお住いの頃だったと思います。

     美学校の「絵文字工房」は高校卒業した時とても行きたくて案内パンフ送ってもらいましたが、経済的に断念したのです。何しろ高校生の時(1970年)『オブジェを持った無産者』のエッセーのタイトルから名付けた『ポケットに歯ブラシを』というガリ版刷りのミニコミ誌を個人で発行していましたからね。その頃からのファン。そのことは日記にも懐古して書いています。

    http://mixi.jp/view_diary.pl?id=43357576&owner_id=1475115

  75. able_over より:

    はじめまして。

    私は「老人力」が流行っていた時に読んだのが、初めての出会いですが、子供だったので全然わかるはずもなく、「赤瀬川原平」という名前だけは覚えてそのまま過ごしてました。

    しかし最近、東海林さだおとの対談で「ニラハウス」が出てきて大爆笑したので、そこからとっても気になり「路上観察学入門」「櫻画報大全」と、いろいろ手をつけはじめた段階です。

    全くの初心者ですが、よろしくお願いします。

  76. kao より:

    はじめまして。11年前に名古屋市美術館の企画展【脳内リゾート開発大作戦】の為現存していない作品の再制作のお手伝いをさせてもらいました。当時私はひよっこで再制作といっても当時の写真と話を元に復元する事の難しさ、思いを巡らし追体験をする気持ちで取りかかりましたがせっかく素材が集まっても再現の難しさ、素材自体も微妙に質が良く..。まるでドラえもんの食べたい物の味をわけてもらうことは出来るけど味が半分になるガムを噛んでいる様な(解らなかったらすいません)、確かにこれなんだけど現実味が薄い感覚にとらわれました。やはり当時の生々しさまで追い切れていなかった事に今でも赤瀬川さんには未熟さをお詫びしたい思いです。殆どの作品は残されてない為、ご本人も展覧会の間近館内で再制作されていたのですが、あぁこうやって当時も作られていたんだなぁと時代は違えどリアルを感じられて感激でした。その日は丁度阪神大震災の当日でした。

  77. あささ より:

    はじめまして。私はテレビの日曜美術館が初めての出会いでした。

    確か脳内リゾートの特集だったと思うのですが、そこで「宇宙の缶詰」を作っていらっしゃるのを見て、というかその理論を聞いて、「私が小さい頃、缶詰の中にラベルを貼って蓋を閉めたら中はどうなっちゃうんだろう?って考えてたその先のことを、この人は形にしたんだ!」ってえらく感動してはまりました。

    ハイレッドセンターの活動も、新解さんも、トマソンも、尾辻克彦さんとしての文学作品も大好きです。

    バイブルは「千利休 無言の前衛」です。

    そういう方が一杯いらっしゃるようで、すごく嬉しくなりました。

  78. waka より:

    はじめまして。

    私の赤瀬川さんとの出会いは、まさにこのコミュニティの顔『新解さんの謎』です。

    『明解 ぱくぱく辞典』も好きで、読んでいると、美味しそうだし、その表現力に「してやられた」って思えます。

    まだまだ赤瀬川さんファン初心者ですが、よろしくお願いします。

  79. みどり より:

    おそれいります。はじめて書き込みします。

    じぶんは10年ほど前に3chの『日曜美術館』で赤瀬川さんの特集をやってたのをみたのがきっかけです。たしかその番組自体をはじめてみたときだったやうな。「宇宙の缶詰」をふとみてガーン!となりました。路上を掃除するやつとか。

    そしてまさに!『千利休 無言の前衛』がバイブルといふのは同感でございます。驚天動地の人間宇宙。普通に理詰めですごい。

    まぁ、とにかく、巨人ですね、しかもふわーっ、と。

  80. Mushi より:

    はじめまして。

    原平さんとの出会いは、高校時代、担任が教室に「プチ図書館」と称して自分のお気に入りの本を数冊おいており、その中にあった「超芸術トマソン」でした。田舎者で世間知らずの美術部員だった私は、「世の中には何ちゅーおもろいことをやっとる人がいるんだろうか!」とかなりショックを受け、その夏の宿題であった読書感想文も、この本で書きました。(驚くことに、コンクールで受賞)

    大学に入ってからは著作を貪り読み、名古屋での回顧展にも高速バスを使って行ったり、と、かなり熱いものがありました。一度、原平さん参加の飲み会に飛び入り参加させて頂き、隣の席で日本酒を注いで頂いた事があり、これは私の生涯最大級の

    光栄な出来事として思い出に残っております。

    原平さんが講師をしていた時代の美学校に行きたかったなぁ。。と、今も時々思います。

  81. re:3co より:

    はじめまして。

    小学生のときに、マセた頭のいい子が自由研究でトマソンについて発表したのを聞いたのが始めての出会いです。

    そのときは赤瀬川さんの名前は知らなかったのですが、

    高校に入り美術科で美術を学ぶようになって、

    トマソンを思い出し、どこかで赤瀬川さんの名前も同時に知ったのが、正確な出会いです。たぶん。

    そのあと、著書やBTなんかの特集を見たりして、これはヤバイな、と。芸術原論がバイブルです。

    高校時代〜芸大生の今まで色んなところで影響受けてるな、と思います。

    結構屈折した出会い方ですが、赤瀬川さんの高校の後輩に当たります。3年になって知ったときは驚いたなぁ。

  82. 匿名 より:

    はじめまして。

    高校生の頃にちくま文庫の「超芸術トマソン」が出版されたのがきっかけで、ファン、というか好きになりました。

    先生の優柔不断なところとか、大好きです。

  83. 匿名 より:

    初めまして、こんにちは。^^

    私の赤瀬川さんとの出逢いは「悩ましき買い物」でした。

    元々、写真(カメラ?)が好きで、たまたま書店でポツンと置いてあった同誌表紙のカメラの挿絵が目に付き、本当なんとなくという感じで買い求めました。

    その後、その人柄の滲み出る文章に惹かれ、ずるずると赤瀬川ワールドにはまっていきました。笑)

    その後、各紙読みましたが、そこでトマソンなどの関係を知り『あ!この人なんだ!』と、妙に納得しました。

    何だか親戚のオジサンみたいだと勝手に思ってますが。笑)

    その人柄、考え方(優柔不断ぶり?)が他人事とは思えない、妙に気になるオジサンです。

  84. 桑の海 より:

    ワタシは大学の「20世紀芸術論」という授業の中で、ネオダダの1人として紹介されたのが、名前を聞いた最初でした。

    著書との出会いは、職場の先輩のデスクにあった「正体不明」でした。

  85. まきすけ より:

     はじめまして。

    私は「えのきどいちろうの深夜放送主義」というラジオに、ゲストで赤瀬川さん、みなみしんぼうさんが出て、新明解の話をしてるのを聞いて、あまりの面白さにファンになりました。

     その後私も「日曜美術館 赤瀬川原平の冒険芸術論」を見て、宇宙の缶詰に感動しました!

     さらに「千利休 無言の前衛」を読んで、会社の茶道部に入りました。

     何度も見すぎ&聞きすぎで、すりきれてはいますが、今も手元にそのラジオと番組を撮ったテープがあり、一生捨てずに持ち続けることでしょう(^^)

  86. クラクラ より:

    はじめまして。

    私はトマソンから原平さんの世界に入りました。

    私も、それまで無意識の内に路上観察のようなことをやっていたので、私と似たことをやっている人がいるんだなぁ(というのもおこがましい。私の方が似ているのですが)と思い、それがきっかけでずぶずぶと原平さんにハマりました。

    その幅広い活動のみならず、エッセイで垣間みられるお人柄にも魅かれます。