明治維新

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コメント

  1. みつき。 より:

    尊皇攘夷とは倒幕のダミー的政策だからでしょう・・

    薩摩は、薩英戦争、長州は、下関戦争を通じて攘夷の困難さは充分に理解していたはず。しかし幕府を追い込むためには必要な政策だったのではないでしょうか?

    明治維新の戊辰戦争や最後の西南戦争に至るまで当時の維新の元勲や幕府の指導者たちを尊敬するのは、最後までどちらも海外勢力と手を組むことは無かった事にあります。

    当時の欧米列強がこの混乱に乗じて介入するようなことがあれば・・今日の日本はありえないと思います。

    そう考えれば・・徳川慶喜の凄さ、高杉晋作や西郷大久保両人の偉大さがよくわかると思います。

  2. SHIN より:

    SHINと申します。お邪魔します。

    やはり、薩摩は薩英戦争、長州は馬関戦争で、欧米列強の強さを知ったため、急遽、開国政策に踏み切ったのでしょうね。そして、とにかく、日本に巨大な中央集権国家をつくり、天皇中心とし、富国強兵策に突き進むのです。

    そうした中、徳川家を中心とした共和制を考えていた坂本竜馬は薩摩藩にとってはジャマだったのでしょうね。そう言うことで、坂本竜馬は薩摩藩士に殺されたわけです。(推測)

    思えば、坂本竜馬は、あまりに薩摩藩(西郷)に自分の考えを話しすぎたと言うことでしょうね。西郷隆盛は世間で思われているほど善人ではないですよ。少なくとも、私の故郷の熊本では賊軍の長として嫌われています。

  3. かつきち より:

    ケガレ思想からの攘夷思想で、「ガイジンと関わりたくない」という攘夷と、

    防衛・国防・民族の独立からの攘夷思想で「外国から侵略されたくない」という攘夷。

    感覚的な攘夷から現実的な攘夷に自然と移ったんじゃないかと思います。