第二十四段 梓弓

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コメント

  1. kei より:

    コミュニティを立てた手前、久々に勉強してみようと思いたった次第。

    昔なら訳書などを読むところが、今のご時世なので、いろいろなサイトを巡ってみますと、やはり、新たな発見がありますね。

    「音信不通になり、三年を経て子供がいない場合、離縁できる」

    という法律があったそうで。

    ゆえに、三年経ったところへ、夫が帰ってきたこと、それ自体が悲劇と言えるのでしょう。

    もっと驚きなのは、夫が京に新しい女ができたのではないか、もしくは、既に妻に対し愛がなかったのではないか、という読みをする方が、結構いるということですね。

    私の中では、

    夫は京で出世の夢破れて失意のまま家に戻り、妻に「新しい夫が・・・」と言われ、愛する妻に申し訳ないことをしたと痛感し、さらには自分自身が嫌になり、先述の歌を詠んで、去る・・・と

    しかし、妻はまだ実は夫のことを愛しており、歌を詠んで追いかけたが、追いつけず、命果てる。

    という読みではありました。

    故に夫は悲しくもカッコよく、妻は「新しい夫が・・・」と精一杯強がる仕草までみせるいじらしい女性である、という切ない物語になっているのではないか、と思うわけです。

    俺ならヨリ戻すけどなぁ・・・と思わせるが、決してそうはならないあたりが、伊勢物語の良さではないか、と・・・

  2. しくろ より:

    伊勢物語。

    読む前は女好きの主人公業平の女性遍歴の物語、という浅い読みでしたが、読んでみるとそんな俗な作りではさらさらなく、恋愛話が中心であるとはいえ、みやびという美意識に貫かれた人間性の物語ではないかと思い至りました。

    この段も一見男女の物語のようでいて、実は生きてゆくことのせつなさと悲哀を感じます。美しく生きようとするがゆえの不幸。

  3. しくろ より:

    はじめまして。

    「伊勢物語」コミュをつくろうと思って検索したら、

    既にあったので入らせて頂きました。よろしくお願いします。

    僕も「梓弓」が一番好きです。

    これ、僕の勝手な解釈ですが、

    女が追っかけても、追いつけなかったのは

    「男は走り去った」

    からだと思うんです。

    「梓弓ま弓槻弓年を経てわがせしがごとうるはしみせよ」

    男もほんとは好きで、よりを戻したいし、会いたいけど

    顔を見ると別れが辛くなるし、未練たらしい事はいいたくない。

    だから、精一杯かっこつけて歌を詠んで、すぐにそのまま走り去ったんだと思います。

    美学だなぁ。

  4. 機能別ヘ より:

    私も一番好きな段です。

    高校で国語のセンセもしていますが、この段の感想、生徒にかかせたら、男が身勝手って意見が多かった。そういう風には教えてなかったんだけどな・・・。

    私は最後の女の「およびの血して、かきつけける」で号泣って感じ。せつなすぎる・・・。

  5. CHIRIKO より:

    かなりドラマチックな段だと思います。

    すれちがいの恋なんだけど、すごく感動が得られます!!!

    男を見限った女ではあるけど、その行動に納得できるし、男への愛の深さもかなり伝わってきます。

    当時の女の生活の中心は「恋愛」なんですよね。

  6. 匿名 より:

    大学で伊勢物語の授業を通年でとっていました。

    この「梓弓」の段は高校の教科書にものっていて、

    とても思い入れが深いです。

    高校では、

    「あづさ弓ま弓つき弓」の部分は、

    枕詞のようなもので特に意味はない、と教わりましたが、

    大学ではもっと深い解釈を教わることができ、

    その違いに驚いています。

    高校の時もたしかに違和感を覚えていたので。

    「あづさ弓ま弓つき弓」の弓は、

    夫が戦争に行っていたことを暗示しているそうです。

    実は、この24段は前の23段とセットのようなもので、

    23段←妻が夫に貴族の誇りを思い出させる話

    24段←夫が妻に貴族の誇りを思い出させる話

    となっていて、

    どちらも落ちぶれた貴族の夫婦の物語なんだそうです。

    夫はどうやら、当時よくあったような、

    “戦争とは知らされずに召集された”

    下級貴族あるいは没落貴族だったようで、

    そのような身分で、なおかつ戦争中とあっては、

    3年間妻に手紙をやることもできなかったのは

    仕方がなかったそうなんです。

    また、妻が従った“3年ルール”は「戸令」という、

    奴隷や賤民に向けた制度だそうです。主には、

    雇われている先でのあまりに苦しい仕事や生活に耐えられず、

    蒸発してしまった夫の妻に向けられたものなんだとか。

    つまり、ここで夫がかえってこなかったら

    妻はさみしさの余り、奴隷の制度に逃げて再婚するという、

    貴族らしからぬ振る舞いをしてしまうところだったんですね。

    対する夫は、戦場にいる3年間、いちずに妻を思っていたのに。

    また、再婚するのは貴族の恥。

    しかし、新しい男を裏切るのも貴族の恥。

    どちみち、この妻が貴族の誇りを守るには

    この場で死ぬしかなかったんだそうです。

    この深い解釈には本当に感動しました。

    特に後期の授業はこういった在原業平以外の

    とても情の深い夫婦の話を扱ってくれたので

    ものすごい授業にのめりこんでしまいました。

    のわりには、テスト前後に大カゼを引いてしまい、

    ただいま単位をもらえるかどうか深刻なところなのですが…。

    こんなに伊勢物語のファンの方がいるなんて☆

    私ももうすぐ大学卒業なので、

    それまで目いっぱい大学の図書館を利用して、

    論文片手にいろんな伊勢物語の解釈を勉強するつもりです♪

  7. かなゑ より:

    私が文学部に進むきっかけになった段です◎

    高3の春期講習で読んで、授業中に泣きそうになったんだよなぁw

    切ないですよねー!

  8. 匿名 より:

    深い。というか、ロマンがあっていいですねえ。伊勢物語はきれいです。

    ところで、この話の最初の女の歌

     あらたまの年の三年を待ちわびてただ今宵こそ新枕すれ

    これがどうも気になります。「待ち疲れたの」って言う女心には、どれほどの覚悟があったんでしょうか。男が去っていくとすぐに追いかける。それくらいの覚悟しかなかったのか。

    「こんばん…結婚するの」って、こんな生な言葉、待ちわびていた男に対して、本当に口に出来るもんでしょうか。

    正直、女心は分かりません。「女心」って男が作り上げた幻想かもしれないけど、所有者はやっぱり女。お伺いできれば…

  9. 匿名 より:

    高校1年生の授業で習いました。

    私も泣きそうになっていましたが、そのころは奥さん目線でしか感情移入ができず、

    子供だったあのころはただ、妻を3年間もほったらかし、今更戻って来ました!

    っと言う旦那さんはヒドイ!!っと思っていましたが…

    卒業して○年、今は旦那さんのこの切ないキモチも分かってきました。

    しかし…高校時代の記憶はなかなか思い出せなく。。。

    もう一度図書館で読んでみようと思います☆

  10. 匿名 より:

    僕もこの段が非常に好きで、男の切ない歌を、状況がある意味似ていたので、ある女性に送ったことがあります。忘れられない章段です。