TOEICと英語力

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コメント

  1. ゆり より:

    私は、TOEIC700点です。

    たぶん、皆さんに比べたらかなり低いスコアだと思うのですが、なぜか私のまわりに、700点=ビジネスレベルと思ってる人が多いのです。中には就職の面接官ですら(さすがに英語関連の会社ではないですけど)、「700点ですか、それならもう仕事でもバリバリ使えますね」なんていうこともあるんです。ほんとは日常会話すらままならない状態なのに・・・。別にだましてるわけじゃないんだけど、しゃべると化けの皮がはがれそうで、なんか肩身がせまいです。

  2. TOEICでspeakingのテストがあると聞いたのですが、それの点数を言うなら現実的なんでしょうね。

    でも、speakingのテストは730点以上とらないと受験資格が無い…

    私、7年前に受けたのを最後にしてTOEICを受けてませんけど、その頃の点数は730点の半分もありませんよ…

  3. やっしゅ より:

    関係ないですけど、帰国子女が受けたら当然990点じゃないんでしょうか。

    日本語であの内容のテストされたとして、間違えるとはとても思えないので(^^;

    Readingで時間に追われることはあるかなぁ。

    #やさしいビジネス英語の杉田敏先生が1問間違えて

    #980だったと言っていたなぁ。

    >ゆりさん

    別トピックでも書きましたが、僕もTOEICの点数言った時の

    周りの認識にギャップを感じています。

    ただ最近は「周囲の認識に見合うだけの実力を身に付けよう」

    と考え出しました。しゃべれるようになりましょう!

  4. 私、鳥頭で集中力無くて他事考えてしまう癖があって人の話聞いてないこと多いのでC言われた時にA,Bを忘れてる事多いです(爆)

    だから日本語でもあんなテスト自信有りません…

    時々、文法の間違いを見つける問題も紛れてるし…

    ところで、TOEICのspeakingを受けた人居ないのかなぁ?

    実際どんな感じなのか知りたいなぁ。

  5. TT より:

    私は「TOEICのスコア=その人の英語の実力」だとは絶対思いません。

    それは、満点だからといってその人の英語が実践で通用するものとは限らず、また逆に点数が低くても十分自分の言いたいことを伝えている人たちを多く見てきたからです。

    (ちなみにネイティブでも満点は意外と取れないのがこれらのテストの面白いところです。試してもらったことがありますが、結構「運」みたいなところはありますよ。」

    英語力があっても、「中身がない」=「伝えられるものがない」人の場合、コミュニケーションは失敗します。

    英語は単なるツールだとまず納得することが大切です。

    たどたどしい英語でも、「相手が聞きたいと思っている情報をあなたが持っている」ことを、ちょっとでも相手に伝えられたなら、相手は真剣に聞いてくれます。逆に流暢な英語で間をつないでも、中身がなかったら結局は信頼されないわけですから。

    ですから、発音が悪くても、文法的に完璧でなくても、ボキャブラリーが少なくても、何も自分を卑下する必要はないと思います。

    私は周りにネイティブ並の人たちが多くいる環境で仕事をしていますが、最初こそ自分の発音だとかにコンプレックスを持ったりもしていたけど、自分よりよっぽど「英語ができない」といわれている人たちが、堂々と自分の専門分野において自信を持って(つたない英語でも)主張している場を見てきて、やはりまずは中身ありきだと実感しました。

    ちなみに私はTOEICは数年前に受けて965。もともと英語圏「外」の帰国子女で、大学はアメリカで学び卒業しました。

    それでも英語そのものについては自信のないときは全くないです(きっぱり)。

    でも、自分が伝える内容そのもの(意見)については、自信をもてるように頑張っています。

  6. エリ より:

    TOEICの数字にそんなにこだわる必要はないと思いますし、それなりのCriteriaにはなっているとも思っています。私は一月から短期留学をしていますが、その時は入学基準のぎりぎりの点数でした。(800点未満です。)さすがに入学してから最初の一学期は授業に追いつくのに必死でした。クラスメートと話すのも大変でしたし、こいつは話せないと思われると相手にされなくなっていきます。

    しかしながら私はTTさんの意見にまったく同感で、話す内容をしっかり持っていることが重要だと思います。留学生でどんなにべらべら話せても結構中身がなかったりすると、話す気にならなくなりますね。そして逆もまたしかりなのです。

    TOEICの私のとりあえずの目標は、帰国する9月に900点を取ることです。どっちが先でもいいんですが、ベースとしてそのくらい欲しいなぁと。だって話ができなくても「ベースとしてこれくらいある」と一方で自信があれば、あと何がダメなのか、あと何をクリアすればよいかわかって良いじゃないですか。(笑)ポジティブになれるかどうかそこで大きく違いがでてくると思います。そこまでいけば、本当は話ができないんじゃなくて、話し方になれてないだけだ、ということになるのでは(もしくは近いのでは)ないでしょうか。

  7. エディー より:

    みなさんの書き込みを読んで、少しほっとしました。

    TOEICのスコアが、英語力を正確に表しているわけではないんですよね。英語って、コミュニケーションのツールのひとつに過ぎないんだよなあ・・・とあらためて思いました。

    だから、まず、自分のコミュニケーション力を見直してみようと思います。

    もちろん、スコアに見合う(と感じられる)会話力も目指したい。

    少し元気が出ました!

  8. エディー より:

    こんにちは。私は外資のIT企業に勤めています。技術重視の部署にいるため、あまり英語が得意な人が居ないという困った状況に置かれています。私自身はTOEIC870点です。本社との電話会議は、やはりnon nativeが居る事を考慮してやってもらっている状態です。

    そんな中でいつも思うのですが、「自分はテストはダメだけれど会話なら大丈夫だ」というおじさんの存在が非常に迷惑だという事です。彼らは恐らくTOEICの受験の経験はあるはずなのですが、部門の採用基準の730に達していないようで、”受験していないが、実際通じてるからいいじゃないか”という態度を貫き通していました。

    彼らは概して文法を間違えており、「絶対に相手に真意が伝わっていない」と思う局面によく出くわしますが、彼らは涼しい顔をしていますし、聞き手の外人も半ばあきらめて流していましたが、この間ついに「英語がなってない」とブチ切れられてしまいました。

    TOEICは「この人は本当に英語ができるのか?」というチェックをする為に有効なのではないかと思います。つまり「正しく話せる人間なら高得点が出せるはずだ」という事です。自己申告レベルが嘘ではない事を裏打ちする為にTOEICは有効なのではないでしょうか?

  9. エディー より:

    TOEICではかる英語力って、ある程度堅い、日本語であれば文語みたいな英語力ですよ。

    りぼんさんが言っているような日常の会話力は映画を死ぬほど見て、応用が利きそうなものをいくつか暗記でもした方がいいんじゃないかなと思いますよ。

    せっかくそういう環境にいるので張れば、仕事の外でも親しいネイティブの友人を作るとかね。

    学校では身に付かないと思います。

  10. まみ姉 より:

    >ゆりさん

    僕も700台ですが、評価の対象にはしてもらえていないと思います。

    実際受けた会社はしゃべれないといけない感じで・・・。

    800UPが普通じゃないでしょうか?

    ただ700Up であれば一般の国内企業でしたら評価してしますのも

    無理はないと思います。

  11. まみ姉 より:

    TOEICはあくまでもフォーマルなコミュニケーション能力を計るテストであって、日常的な会話力を見るものではないと思います。

    と言ってもある程度の得点取れても、めたくたな英文しか書けない人を沢山見てきたので、文章を書く力のindicatorとしてもあんまりあてにならない気がしています。

  12. まみ姉 より:

    > しこ課長

    同感です。もし英語が話せるっていうのなら、スコアを提出せよって話ですよね。TOEICがイヤなら、じゃあ会話中心の検定でもいいから受けてみてくれって話です。

    私はTOEICは英語力を測る非常に優れたテストだと思っています。

    私はもう6、7年受けていますが、それぞれのレベルで確実に自分の英語力を反映していたなと振り返ってみて思います。670点から950点まで、読み/書き/聞き/話すという能力において、どの程度のものであるか、身をもって知っています。700や800で仕事に使える英語なわけがありません。

    よく、TOEIC900でもしゃべれない人がいることをもって、「だからTOEICは会話能力は測れない」という人がいますが、あれはウソです。TOEIC900というのは、そのぐらいレベルが低いというだけのことです。800なんて、相手が言ってることを聞き漏らしまくるレベルですよね。そんなの文字通り「話になりません」。

    まみ姉さんが言ってるライティングの質ですが、「ある程度の得点取れても、めたくたな英文しか書けない人」というとき、この「ある程度」が、もし800とかなら、そういうものです。TOEICは簡単なので、まともな英文が書けるほどの英語力があれば、800なんてことはありません。

    TOEIC800から900の中途半端な人たちが、「英語できるんですね」と言われて、黙ってるのがいけないんじゃないかと思うことがあります。ホントはちっとも自信なんてないくせに。実際にたいした英語力じゃないんです。英語に自信がある人たちは、みんな900後半です。

    ネイティブや準ネイティブで900後半の人たちの実際の会話能力となると、もう点数だけで計れない部分も出てくると思います。でも、それは「TOEICは会話能力と関係ない」というのとは、ぜんぜん別の話です。帰国子女の人たちが感じるTOEICに対する違和感は何となくわかりますが(だって、こんなバカみたいに簡単なテストで何が計れるんだ!)、だからって「TOEICは英語力と関係ない」ということをあまり言い過ぎるとよくないと思います。真に受けて誤解する人が多すぎます。しこ課長の職場のように、言い抜けの材料に使われることもあります。

    聴解力や読解力は文法力(知識と速度)、語彙力(量と深さ)で決まります。それはそのまま発話能力に結びついています。話せることは聞けるし、聞けることは話せます。もちろん、話すほうが聞くことよりずっと難しいですけど。

    あと、口語だ文語だ、語彙力だ日常会話だといろんな切り口がありますが、英語力の高い人って、どの面を切っても高いものです。学習方法によって、確かに多少は個人差があるでしょうが「偏り」というほどの違いはない、というのがたくさんのノンネイティブとコミュニケートした経験からの直観です。

  13. まみ姉 より:

    >まともな英文が書けるほどの英語力があれば、800なんてことはありません。

    それが800取れてる人でも、へんな英文書いてる人いくらでもいましたよ。

    読解力があるから正しい英語が「書ける」とは限らない訳で、

    (書ける人は読解力もありますが)、英語が聞き取れるから正しく「話せる」とは限らないのと同じだと思います。

  14. kenさん、どうも。私が思う事はそういう事です。話せる人は本来満点がとれて当たり前のレベルの試験なんですよ。

    あと会議とかで文法の間違いすると、契約や条件を決めるときに致命的な失敗を引き起こすので、私は絶対に文法はおろそかにできないと思っています。

    ちなみに870で↓の15くらいの作文能力だと思ってください^^;

    http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=55825

    それから、アイスブレイキングな会話というのは、語彙よりも対人関係や態度の影響が大きいと思います。そもそも日本人のオヤジ相手にだってアイスブレイキングな気の利いた話を会議の間にできますか?

  15. まみお姉さん、どうも。

    「まともな英文がかける人」→「TOEICのスコアが高い」

    これは成立しますが、

    「TOEICのスコアが高い」→「まともな英文が書ける」

    これは必ずしも成立しない、訳です。

    つまり、TOEICはその人の英語の能力を”推定する手がかり”として使える訳です。「俺は英語がまともに話せるんだぜ」という虚勢を張っている面接受験者に「じゃ、スコア出せよ」という場合有効な訳で。ただTOEICだけ得意だという人が「俺は英語得意だもんね」って威張っている場合は、TOEICスコアは意味が無い訳です。

  16. TOEICのspeakingを受けた事がある人やっと発見出来ました。

    どうもこっちの方が素直な実力が出る様ですね。

    730点以上とってる人はspeakingも受験してみると良いみたいですね。

    ここのみなさんはspeakingを受験されてないのかな?

    あと、仕事でっていう意味では仕事の専門的な会話は可能だけど一般的な会話が苦手という人も居ますね(^^;

    専門用語辞書だけ豊富で一般的な会話がぷあーな人っつーか。

  17. とみん より:

    はじめまして。

    要は、言語力と会話力は似て全く非なるものという事ですよね。後、文章力も。

    TOEIC等の試験は、本人の会話力の向上に関わり無く勉強したら点数が上がるので目安になるけど、それまで。僕らが同様の日本語の試験を受けてどれだけ点数を取れたものか?

    会話力ってつまり「場を読む力」「洞察力」「耳力」がある程度必要で、第2外国語で、また、その会話に人数が増えれば増えるほどそのスキルに負荷がかかりますよね。

    ウィットにとんだ英語の会話ができる人は、母国語でも機知富んだお話ができるものです。なので、英語力向上と共に、会話力向上を目指すのがいいかと。

    後、耳力(変だな)は、不可欠だと思います。会話の中のキーワードを拾う事ができないので。その上で、映画や音楽などフレーズの貯蓄をする事は絶対必要ですね。だから「エディー」さんの提案はいいなぁと。

    「給他不支付財迷守財奴」さんのおっしゃるとおり、仕事ではって言うのは結構ありますね。例えばプログラマなんて、専門用語がすでにカタカナ・アルファベットなので、英語できないのに、ある程度会議成り立ったりしてます。

    僕自身は、ゲーム業界・マーケ業界・日常の会話なら問題ないですが、財務や金融系は一言も理解できません。

  18. まみ姉 より:

    まみ姉さん、

    > >まともな英文が書けるほどの英語力があれば、800なんてことはありません。

    >

    > それが800取れてる人でも、へんな英文書いてる人いくらでもいましたよ。

    まったく逆に理解されています。私が書いたのは、

    「まともな英文が書けるほどの英語力があれば、800なんていう低いスコアしか取れないことはありません」

    という意味です。

    800点は低いんです。いちどTOEICの問題集を立ち読みされるといいですよ。どんな問題でボロボロ落としているのか見れば、800点がいかに「ぜんぜん英語がわかってない証拠」か、ハッキリすると思います。

  19. まみ姉 より:

    kenさん、

    私もTOEIC受験したことありますので、問題の傾向は知っています。

    ただ、私が働いていた、いわゆる日本の会社sでは、800だと社内的にBランクとなるので、「社内では英語の出来る人」となり、英語関係のことは有無をいわさず、その人達にふられていたのですよヽ(´ー`)ノ

    そうゆう会社もあるということで。

  20. 日本はとにかく英語ができる人が少ないです。更に「英語ができるエンジニア」のような、英語のほかに別な職能を持っている人は稀になります。”800″というのはあくまで妥協ラインでしょう。それ以上厳しいと採用枠の候補者を探すのが大変です。有名な外資系企業ですら、仕方なく社内のコミュニケーションの為に通訳を雇っている場合も珍しくありません。ものすごいコストがかかっていると思われます。質は悪かろうが、”800″の人でも英語を使う仕事に従事しなければならないのが日本の実情です。

  21. > 日本はとにかく英語ができる人が少ないです。

    たぶんコストに見合わないんですよね。かけた時間の割に英語力っ

    て、なかなかつきません。ふつう、ちょっと頑張ってTOEIC900とか

    ですが、「それじゃまだ全然使い物になりません」という状態なん

    ですから、そりゃやってられません。でも、それが現実なんですよ

    ね。日本人には英語は難しすぎる。

  22. まぁ、OJTっつー考えもありますから。

  23. OJTは英語の場合全くあてはまりません。外資系企業に勤めているだけで英語が上手になったという話は聞いたことはありません。勿論、勤務地がアメリカになったというなら話は別です。国内の会社に居て業務の中で英語が上手になるというのはまず有り得ません。これは多くの外資系企業で頭を痛めている問題で、「今は英語は不得意みたいだけど、うちの会社に入って研修を受ければなんとかなるだろう」といって採用された人が何年たっても話せるようにならないのです。

    理由ですが、仕事で使う英語というのは誰かが指導して正してくれる事もないですし、手持ちの能力が使える範囲の所にいつまでも留まってしまいがちだからです。

  24. あぁ、私の先輩はしょっちゅう海外出張してたからなのかな。

    そういえば、知り合いの部長さんが「技術もってる人は英語が出来ない。英語できる人は技術がない。難しい選択だ。」見たいな事言ってたなぁ。

    ところで、speakingの結果って一般的には評価されないんですかね?

  25. > ところで、speakingの結果って一般的には評価されないんですかね?

    TOEICのスピーキングって、LPIですよね、あれが使ってるのは

    アメリカのFSI(foreign service institute)が開発した11段階評価

    と対応していたように思いますが、LPI4とか4+だと意味があるし、

    わかってもらえる人にはわかってもらえると思います。

    最高評価のLPI5だと泣く子も黙ると思いますよ。でも、TOEIC開始

    以来、そんなスコアを叩き出した人は、ただの1人もいないんですよね。

    LPI5は「教養あるネイティブと同等レベル」ですが、つまり

    日本語母語話者にはほぼ不可能ってことです。4以上でも、確か全TOEIC

    受験者中0.1%、4+となると0.04%の比率だったと思います。

  26. 要は一般教養重視になるんですかね?

    それはそれで結構意味ありますよね。

    3以上でもそれなりに評価出来るのかな?

    「教養が無いネイティヴレベル」と評価されたりして。

  27. スピーキングのスコアは需要ないと思います。話す事が要求される職種の面接だと、普通実際しゃべらされますから。面接に外人出てきますし。それにしても、TOEICの平均点なんて技術職従事者で440点というのが現実なのに、なんでネットの掲示板や2chだと「俺、900だけど、コツさえつかめば誰でも簡単に900いくよ」という人が次々にでてくるんですかね(笑)

  28. まあ、「そのスコアを評価する人が居ない」って言うのもあるでしょうね>需要ない

    技術職従事者でTOEIC 900以上の人ってそんな見た事ないですねぇ…

    だいたいが、技術あるけど英語駄目、TOEIC900くらいいくけど技術無しのどっちかに偏ってる様に思います。

    両方ある人ってUSのエンジニアくらいだって感じで。

    まあ、現実的な事考えると、技術無い英語が出来る日本人より日本語喋れないUSのエンジニアの方が(こっちがそんなに英語出来なくても)絶対的に良いですが。

    そういえば、英語が公用語の1つになってる香港やシンガポールの人ってどんな感じなんでしょうね?特にLPIとか。

  29. 私は現場じゃないのでよくわかってませんが、

    できる人は、技術も語学もできるもんだと思ってました。

    IT系であれば、英語読めずにどうやって技術をフォロー

    するんだろうって思ってしまいますけど。私の目にとまる

    のは、よく考えるとオープンソースで目立って活躍してる

    ようなスーパーな人たちなのかも。コードを書いたら、

    ドキュメントは英語で書くよね、ふつう。という発想の

    世界です。

    私の印象ですが、香港人は、思われてるほど英語がうまく

    ないです。というか、うまい人はもう完全に英語教育を受けて

    いて、英語が第一言語という感じで、中国語が怪しいです。

    漢字が書けなかったり、広東語では難しい会話ができません。

    逆に広東語中心に生活をしていて英語が怪しい人は住んで

    いる場所も社会階層も低いです。エリートは英語が当たり前

    で、言語が社会階層を分けるツールにもなってるように

    思いました。同じ中国人が中国人に向かって、英語で話し

    かけて、それがちょっと通じないと露骨に侮蔑的な顔を

    したりする。被植民地根性というんでしょうか。裏返しの

    植民時根性ですが。

    昨日、六本木ヒルズの映画館で映画を見たら、映画の前の

    ご案内のナレーションが英語だったんですね。まあ、雰囲気

    作りなんでしょうけど、それにしてもバカらしいというか

    情けない気分になります。東京(の一部)も香港のように

    この先もう少し英語を話す人が増えるかもしれませんが、

    どうなるんでしょうね、そのとき。日本のエリートが日本語

    を捨てる日って、実はそう遠くないのかもないと想像すると

    ちょっとぞっとします。

    いま香港の学校は、英語はやめて北京語教育にしてるん

    ですよね。二言語政策は失敗だったと気づいたんですね、

    ようやく。英語も中国語もどっちも半端という落ちこぼ

    れを大量に生み出してしまって。とはいえ、ほとんどの

    親は「いや、うちの子だけは」と英語と中国語の両方を

    押しつけて、二言語に挟まれてしまった可哀想な子達を

    相変わらず大量に作ってるらしいですけど。日英、中英

    のように、かけ離れた言語で、2言語とも新聞が読める

    レベルに教育するのって、ほとんどの場合は無謀と

    思うんですけどね。

    香港、シンガポールでIT系の人は、英語が第一言語か

    ほぼ苦労しないレベルなんじゃないでしょうかね。LPI

    のようなスピーキングテストなら、パーフェクト評価の

    人はいっぱいいるという気がします。現に、ぼくの香

    港人友だちは英語が第一言語です。

  30. えっと、私の知ってるkernel hackerで英語はそんなにできないけど、souce codeで会話するという人はいますね。それで簡単にコメントを残して、manとかは他の人が書くという分業が成立しています。

    オープンソースの世界ではそれが通用します。というかNetBSDの世界だけかもしれませんが。

    もちろん、codingからドキュメント作成、会話まで全て出来る人ももちろん存在しますけどね。

    あと、e-mailのやり取りはきちんとやれてるけど、実際の会話が非常にあやしい人とか。

    とりあえず、通常は音声を聞く事がありませんから、読み書きどまりになるのかもしれません。

    でも、実際の仕事はオープンソースの世界とやり方がかけ離れてるし、現場では翻訳された(SolarisとかOracleとかの)ドキュメントしか読まない様になっていたりするので英語力は必要なくなってきます。

    文字化けを嫌って英語でソースにコメントを入れてたらそれにも文句つけられたりもしますからねぇ…

    私は香港人との付き合いは殆どないので分からないですけど、臺灣人とIRCでチャットしてると、技術系の会話は英語で雑談は中国語で会話というのがあります。

    理由は用語が英語なのでいちいち中国語に置き換えていられないのでそういう会話のスタイルになっています。私自身も中国語は生活会話しかわかりませんから、その方が楽なのでそのスタイルにあわせてしまってます。

    中国語系の人でコンピュータを専門にしている人はそれなりに英語よりになるのかと思いました。

    もちろん英語がそんなに出来ない人もいますけどね。

    実際の場面での会話だと、こっち(日本人)が居る事に配慮して英語中心での会話になりますけどね。そんな気を使わなくてもそれなりに中国語わかるのに(^^;

    ふと思ったのですが、うちの奥さんは中国人なんですが、私との会話は日本語で会話します。しかし、子供が生まれるとおそらく妻は(普通話というよりも)北京語で子供と話す様になるでしょう。

    私もめんどくさいから日本語で話す様になるでしょう。

    そうすると、子供はどっちの言語も中途半端になってしまいますかね?

    それと、将来的に香港に引っ越そうと思ってますけどねぇ。そうすると子供の言語能力は余計何語やらわけわからんようになるかな?

    まあ、まだ生まれてないから何ともいえませんが。;-)

    シンガポールの人の英語は英語とは思えない様な英語を話すと言う様な話を良く聞くのですが、実際はどうなんでしょうか?

    iChatでチャットしてる分には当然問題無いわけですけど。

  31. だいはど より:

    シンガポールに出張で行きましたが、少なくとも私が接した人は屋台のおやじからIT企業のエンジニアに至るまでみな流暢な英語を操っていました。もちろん現地の訛りというのはありますが、自分の言いたいことをよどみなく表現し、相手の言うことをきちんと聞き取るという点においては全く問題がありませんでした。

    蛇足ながらその点はフィリピンでも同様でした。

    シンガポール独特の言い回しでよくからかいの対象になるのは、語尾につく “lah” (例えば “OK, lah”)です。中国語の影響だと思われます。シンガポール英語のことは Singlish とも言われますね。

  32. おお、そうなんですか。じゃあ、シンガポールだからといって気にしなくて良いのですね。

    語尾につく”lah”って中国語の”了”の事ですかねぇ?

    うちの奥さんも日本語喋りながら、最後に”了”つけたりするんですけど。

  33. nasubi より:

    現場の人間です。海外のコーディング外注を使ったり、国内-外資企業間のB2B/通信システムとかやってきました。

    オープンソースでも技術やソースや規格をベースに話をするなら、文法もある程度いい加減でも、作業をめぐるコミュニケーションは成立します。ソフトウェア技術ドキュメントの読解の場合、英語の文法力以上に、その人の技術力や積み重ねの経験の方が遥かに重要ですからね。それに、英語のドキュメントより彼らはソースの方に注力します。ぐだぐだ議論するより動くコードを提示する方が絶対効きますから。

    自分もいくつかそういう組織には顔を出していますが(職務上嫌々)、かなり英語は酷いしぶっきらぼうにコミュニケーションが終了しているスレッドも多いです。気がついたら外人が消えて日本人同士ヘタクソな英語でやりとりしてたりね。それでも通じるのは、お互いに目標が一致している上、技術レベルという目線で相互に強固な信頼関係があるからでしょう。

    しかしビジネスでは、利害をめぐって対決する場合とか、異機種・異システム接続の仕様あわせとかは、ガチンコで交渉する羽目になります。相手はいろいろ難癖をつけて日本人側に仕事を押し付けてきたり、仕様や契約も自分の都合の良い方向に主張しますから、オープンソースの世界でローカライズ・国際化に従事している英語のレベルでは全く歯が立ちません。

    また契約も文法上正確に読まないと、とんでもない落とし穴に放り込まれます。契約に技術的な要件を入れて、外注の法務では分からないように攪乱してくるというのもザラです。特にコーディング外注は、下手すると底なし容赦無しで追加料金を要求してきますから要注意です^^。

    私がTOEICのスコアを重視するのは、「正確に読み聞き取りができる」事を確認したいからです。文法いい加減でも「書き・話せる」だと、不確かなコミュニケーションが発生しますし、意訳で仕事を進められると仕様から外れたものを作られかねません。また、先方の揚げ足取りに使われると本当に困ります。

    お金がからんでくると、技術職なのに、変な事に気を配らなくてはならず日々苦痛であります。はい。

  34. nasubi より:

    わたしは、毎週、外国人の先生とディスカッションをする英会話に通っています。テーマは、わたしの専門アートなのですが、教わるより、会話をすることを中心に。

    TOEICなどの英語の勉強と違うと思いました。

    以前は、英語ができないことにコンプレックスがありましたが、対人でコミュニケーションが取れるようになってくると、あまり怖がらなくなりました。

    英語には、読み/書き/話す/聞く、の4要素。

    わたしの場合、読みはインターネットなどで興味のあるトピックやニュースを読んで、

    書きは、友人とメールしたり、自分の書いた文章を英語に訳してみたり、

    話すと聞くは実践です。

    テープで聞いたりもしましたが、単調でしかも会話と調子が違うことに気づきました。

    でも、世の中で認められる点数も社会では必要なようなので、次回TOEICを受けたいと思っています。

  35. まみ姉 より:

    >しかしビジネスでは、利害をめぐって対決する場合とか、異機種・

    >異システム接続の仕様あわせとかは、ガチンコで交渉する羽目に

    >なります。相手はいろいろ難癖をつけて日本人側に仕事を押し付け

    >てきたり、仕様や契約も自分の都合の良い方向に主張しますから、

    >オープンソースの世界でローカライズ・国際化に従事している英語

    >レベルでは全く歯が立ちません。

    以前、技術サポートの仕事をしていたときには、本国の開発チームにバグフィックスをさせるのに毎回バトる羽目になっていましたね。向こうは「そんな細かい文句を言ってるのは日本だけだ。客に仕様だと納得させろ」と言い、こっちは「大口のお客だし、だいたいこの仕様自体おかしいだろ」とメールと電話でなんとか向こうをねじ伏せていました。英語がいまいちなスタッフが丸め込まれそうになったり、めげてあきらめそうになってるのを、尻をたたいてバトル続行させてもいました。声の大きい方が勝つ、つーような世界でしたね(とほほ

  36. だいはど より:

    > まみ姉さん

    ひょっとしてそれはマ○○○ソ○○ですか(爆)?

  37. まみ姉 より:

    だいはどさん:

    ちゃいます。でも米系も豪系も独系も「日本は細かすぎ!」バトルはいつもありましたよ。つーか藻前らがおおざっぱすぎなんじゃーーー

  38. だいはど より:

    うはははは。

    確かにわが社でも日本の顧客からくる注文は細かいのが多いです。あと私がいるのだから日本語で送ってくれればいいんですが、無理に(笑)英語になおして送ってきて、挙げ句の果てに意味が分からず聞きなおす…ということもあったりします(笑)。

  39. 母語というぐらいですから、やっぱり子どもは母の話す言葉を覚えるものじゃないでしょうか(母国語とか国語という言葉を私は避けています)。周囲の大人、テレビなどのメディアの影響も大きいでしょうけど、いちばんは母親ではないかと。その母親ですが、子どもに向かって、その子に使ってほしいと親が思う第二言語なんかで無理して話しかけるより、母親の母語で話しかけたほうがいいように思います。前の書き込みと矛盾するような話ですが、アメリカでは「バイリンガル教育は可能だ」ということが常識となっているようですよね。若干言葉の習得が遅くなるものの、2言語を混乱することなく子ども達は習得します。ただ、習得と言っても子どもの言葉ですから、それは「5:5」という話であって、そこから「8:8」にしちゃうのか「10:6」にするのか、あるいは努力して「10:10」を目指すのかというのは、子どもの意志や能力、環境によって決めるべきことなんでしょうか。何語を使うようになるにしても、その人のアイデンティティとなるべきドミナントな言語で、十分に思考や精神生活が送れるだけの大人にしてあげるのが親の勤めなんでしょうね、いずれにしても。高校や大学という人格形成の大切な時期に第一言語から長期間引き離されるのは、やっぱり可哀想だなと思います。日本ではバイリンガルって素朴な憧れの対象ですが、それが必然とならざるをえない政治的に不安定な地域、あるいは経済的に恵まれない地域では、本当は悲劇以外の何者でもありませんしね。

    このへんの議論になると、日本には具体例が少なくて、実感としてはよくわからないんですが……。というと、田中克彦あたりが、「日本には標準語と方言の二重言語生活者が大半を占める」というようなことを言うかもしれませんが(笑) ちなみに私の母語は大阪弁です。

    シンガポリアンがラーラー言うという話をしたら、日系アメリカ人の友だちに「日本人は、なんでも語尾に“ね”を付けるじゃん。同じだよー」と言われて笑いました。「I think soね」「You cannot do thatね」「で、he goes like、最悪だよってね」「Here’s what I am gonna doね」。多少とも日本語を理解する人に向かって英語を話すと驚くほど語尾に「ね」がつきます。

  40. そういえば、欧米人のいい加減さとかはunicodeの仕様からしてわかりますね…

    個人的にいい加減さが一番ひどい会社はM社よりO社だと思うんですけど。

    まあ、S社やI社もアレですけど。

    O社の製品公開してない裏技多すぎ…(-.-;

    って、そんな愚痴はここでは全然関係無いか(^^;

    しかしまあ、日本人の細かい所は想定外処理に弱すぎて困るケースも多いのでバランスが重要だよなぁってよく思う…

    kenさん:

    日本人の標準語と方言を比較するのであれば、北京語圏以外の中国人の現地語と普通話の比較の方がよいと思います。

    中国の場合、北京語と中国南方系言語は発音の仕方とか声調とか、細かい部分では方言字までがあって漢字まで違います。

    それだと方言というより明らかに言語的に違うといってよいでしょう。

    しかし、それでも多くの人が現地語と普通話の両方をしゃべることが可能です。

    上海人は上海語と普通話、福建人は(必ずしも福建語と限らないけど)福建語と普通話、広東人は広東語と普通話とだいたい両方喋れます。

    また、中国の朝鮮族のある年代から若い人は中国語と朝鮮語の両方を話せるようです。

    そういう意味では教育も含めた環境が重要なんでしょうね。

    たしかに、英語で話しながら最後に”ね”をつける日本人時々いますねぇ。なんでつけるのか意味が分からないんですけど(^^;

    しかし、”ね”と同じなのなら、「了(le)」と「ね」は同じ意味になるんだろうか?って思ってしまう(^^;

    私自身は普段の会話は汚いので「じゃ」とか「や」を語尾につけるのが多いんですが。

  41. スレ・コミュニティー違いですけど、日本における既存のUnicode批判は、単なる自分の飯の種の為に騒いでる連中ですから。「文句ばかり言ってないでUnicodeで表現できない漢字セットを自分で用意してみろ」というのが答えだし、いまどきUnicode3.1なんですから、お望みならいくらでも使いたいだけ文字空間お使いください、という結論になります。

  42. 方言学者に話を聞いたことがあるのですが、そのときは

    (たぶん極論として)「ある言語を方言と見なすか

    別言語と見なすかは、むしろ政治的な問題で、

    言語学的に言えば、言語の連続、非連続というのは、

    もっとアイマイなものなんです」とおっしゃってました。

    日本列島はヨーロッパに置くと、スカンジナビアから

    北アフリカまで伸びる、物理的に広い領域ですから、

    日本の方言というのは、もともとはヨーロッパの多言語

    状況に対応するものだというわけです。もちろん明治以前の

    話ですし、ヨーロッパにもいくつか明確に系統の違う語族が

    あるわけですけど。

    イディッシュを話す人たちは、わざとヘブライ文字を使い

    「自分たちの言語だ」と主張するそうですが、実際には

    ほとんどドイツ語方言にすぎないというような話だとか、

    ポリネシアの島々に数百の言語があるというものの、それは

    島民がそう主張してるだけで、実際は限りなく方言に過ぎない

    という話もあります。

    方言と言語の違いはやっぱりあるでしょうけど、そういう区別

    だって恣意的だし、ともすると、その区別って怪しいですよ、

    ということをちゃんと意識しておいたほうがいいという意味で、

    私は「大阪弁と標準語のバイリンガルだ」とよく主張しています。

    みんな笑いますが、たとえばスイス人に「ハイジャーマンと

    スイスジャーマンみたいなもんだ」と言えば納得してくれます。

    日本人はみんな方言を忘れてしまったし、今や絶滅寸前なので

    そういう意識はもってませんが、音韻、語彙、文法と、どれを

    とっても、日本で話されている言葉は多様だったし、単なる

    バリエーションで済まないほどの違いがあったのだと思います。

    大阪弁ですら、私より上の世代は標準日本語にない文法を

    いくつか使います。ATOKが方言対応したとき、東北方言話者は

    「ひらがなでは表記できない音があるのに」と言いました。

    というわけで、まあ中国ほど広くないものの、日本の国土

    も相当に広く、言語的な多様性はあったし、今でもある程度は

    まだ存在してるのじゃないでしょうかという話でした。

    テレビで聞いて知ってるからわかりますけど、大阪弁だって

    初めて聞いたら他地方の人は聞き取れませんよね。

    明治時代には東北のおばあちゃんと九州のおじいちゃんが

    まったく話ができなかったというのは、少しも大げさな話

    じゃないと思います。

  43. Unicodeって、そんなに仕様がいい加減なのですか?

    CJK統合初期には批判も多かったとおり、

    確かに杜撰な気がしましたけど、ほかはどうなんでしょう。

    相手は文字(言葉)ですし、ある程度は緩いほうが……

    ってわけにはいかないか ^^;

    最近語学オタク的な道を進みつつあって、そうすると簡体字

    や繁体字、ヨーロッパ系のアクセント文字を混在させて

    書きたいよなぁと思うことがあります。Windowsは結構手軽

    ですけど、Unixって面倒ですよね……。いつまでEUCなん

    でしょうね。

    どんどんスレ違いに……。

  44. 脱線しっぱなしでいきます…

    unicodeで漢字を全く違う字体の字を1つの字にしてある字が多いですよね。

    例えば、「直」の字なんて日本だけ違います。

    それを同時に書こうとした場合、font typeを埋め込む処理 or langageを埋め込む処理がなされていなかったら、全て日本の「直」になったり、中国の「直」(左の縦棒が無く底が一になってて目の両端が一にまでささってるやつ)になってしまいます。

    どうみても明らかに違う字体の文字を同一の文字にしてしまう欧米人の神経が理解できません。

    それならなぜヨーロッパ系言語の字の統廃合をしなかったのかが理解できないんですよねぇ

    これからはUTF-32にすれば幸せになれるそうなんですが…

    個人的にはWindowsよりMac OS X(Mac OS 9だと大変すぎる)の方が多国語の扱いは楽に感じます。

    日本語Windowsで中国語扱ってたら半角カナばかりになって面倒だったことが多かったので…

    でも、僕はUNIX系OSの方で先にいろんな言語のテキスト入力をしましたけどねぇ

    EmacsやXEmacsはかなり楽でしたけど。

  45. 要は日本は甘えすぎな上に、Unicodeに対してモノ言いが論理的に英語できなかったという点に尽きます。うじうじ日本の中で一部のマニアが愚痴いってただけなのが事実です。Unicode1ができた時点で日本には異体字を扱える文字セットが無かったんですから、日本人自身が持っていないものをUnicodeを作る外人に求めて、挙句逆恨みするなんて子供のダダと変わりません。あの時Unicodeを悪者に扱った問題が未だにJISで解決できてないのはどういう事でしょうか?ちなみにUTF-16でも0xFFFFより上の文字空間が扱えますのでUTF-32は必須ではありません。彼らは0xFFFFの中に世界の文字が収まるなどと最初から思っていないからこそ、surrogate areaの位置を空けていたんです。この日本の情けない甘えっぷりとは対照的なのは中国です。彼らは独自でGB18030を作り規格化し、米国のベンダーに採用を強制しました。なぜこれが日本にできないのか?この手の話は徹底的にやる覚悟がありますけど、これで止めます。

  46. ribbonさん、私の場合はTOEICを先日初めて受けました。

    多分スコアも低いですが、普段は

    「以前アメリカに住んでいたの?」とアメリカ人に聞かれます。

    TOEICのスコアと実際の会話っていうのは比例する場合もあると思いますが、そうではないようです。

    会話は慣れですから、本当はお友達とか作ってしまうのが一番早いんですが、なかなかそういうわけにも行かないですものね。

    私は普段の会話が出来ても、文法、読み書きがダメです!

    つまり、会話も本当にフランクな会話しか出来ないということです。

    は〜、勉強しないと〜〜と、ようやく重い腰を上げたところです。

  47. UTF-32は必須ではないかも知れませんが、実装考えた場合UTF-32の方が遥かに楽に実装できるかと思うんですけどね(作り込む基準にもよりますが)

    EUC-krにしろ、Big5にしろ、GBにしろ、全てJISを基準に作ってるから、ひらがなカタカナがあるんですよね。まあ、これが時には便利な時もありますが。

    しかし、日本の場合ベンダーにまかせっきりな色合いが強過ぎる様な。

    中国の場合、GB18030は国家として作って、それと現実社会が強くリンクしてるのがうらやましいというか。

    まあ、unicode制定騒動も80年代後半からの話だから随分経ちましたね…

    ただ、物言いも論理的に英語が出来たからといって説得できたかどうかは謎だと思います。同じ日本人同士でも信じてる宗教があるのに違う宗教を布教するのなんてかなり難しいことだと思いますし。

  48. だいはど より:

    UTF-32ってUCS4と同じですよね、いずれにしても事実上葬り去られ

    ていませんか。UTF-16ですら、マジメに実装しようというのは、も

    はや日本人ぐらいで、世の中的にはUTF-8で決まりみたいな雰囲気

    がありませんか? Unicode議論のかまびすしかったころと違って、

    もう8でも16でも32でも、BMP以降にアクセスできるなら何でもいい

    ような気がします。甘いでしょうか。

    UTF-32で実装が簡単なのは、実装レベルがいちばん低いヤツでしょ

    うか? 確か、多言語処理をマジメに実装しようと思ったら、合成

    文字で可変長になったりするので、どっちみち32ビットフラットに

    扱うわけにもいかなくて、シンプルさという点では、どれも等しく

    「複雑だ」というのが言語処理の世界なのだと思っていました。サ

    ロゲートは16×2ユニットできれいに処理できるというのは、ちょ

    っと嘘で、やっぱりいろんな言語の文字を扱うには、複雑な可変長

    文字列の処理が必須になるのだと、そういうふうに聞いてます。

    しこ課長、サロゲート領域を元々ユニコーダーが予約していたとい

    うのは本当ですか? 私が聞いた説明では、単に予約領域をいびつ

    に拡張したという話です。最初にユニコードの理念をぶちあげて動

    かし始めた人々は、BMPの2万だか3万、最大でも6万でラクに足りる

    と踏んでいたと聞いています。だから、サロゲートペアは、ユニコ

    ーダーが「われわれはまちがっていました」と懺悔している証だと、

    ユニコードテクニカルコミッティーの日本人のひとりに聞きました。

    いずれにしても、UTF-16だけで100万以上の文字が扱えるので、文

    字不足で批判するのは、もう全く時代錯誤ですよね。というか、文

    藝家協会が集会を開いたりして、文字コード論争がいちばんかまび

    すしかった10年前でも、すでにそうでした。

    CJK統合漢字は、いろんな批判がありますが、字形の違いを「無視

    してくっつけた」というのは、やや偏った批判だと思います。そも

    そも統合作業をしたのは、日中韓の学者です。欧米人ではありませ

    ん。いくら欧米人が文化的に傲慢だなどといっても、そんなことで

    きるわけありません(私もかつてCJK統合は欧米人の横暴と信じて

    いましたが、こういう冷静に考えれば嘘だとわかる論理を、つい信

    じてしまう日本人の心性も反省したほうがいいと思います)。で、

    字形の違いは統合したというより、むしろ同定をしたというべきで、

    私は結果の細かい部分はひとまずおいて、作業自体は必要だったし、

    大筋はよかったのじゃないかと思います。最初の統合作業は突貫作

    業でやったのは事実らしいですし、作業に携わった日本の関係者が、

    やるべき作業をさぼったので、後で国内に戻ってから「とんでもな

    い愚行、蛮行」と自分のサボタージュを隠すために嘘を触れて回っ

    たという話です。何が同じ字で何が違う字かを同定する「統合」

    「包摂基準の作成」などは文字コード作成の原点なのに。

    CJKで、すべての文字を、何もかも分けてやるほうが本当なら簡単

    だったわけですが、どれとどれを同じ字とするかという同定作業を

    地道にやったわけですよね。確かに違和感を感じる例もありますが、

    だからといって、全部分けろという議論はないと思います。漢字は

    中国で生まれ、韓国、日本へ渡りましたが、文字は文字です。現に

    同じ文字を使っているのですから分けるも何もありません。

    ヨーロッパ系の言語では、確かにほとんど同じアルファベットでも

    けっこう言語ごとに違うコードポイントが与えられています。でも

    それはコスト問題を考えれば妥当ではないでしょうか。ソーティン

    グやコンバートなど処理のコストとコードポイント消費のバランス

    で。アルファベットと漢字を一緒に議論し始めると、コスト無視で

    理念先行の非エンジニア的な話になってしまいませんか? 私は本

    来的に言えば、文字と言語は直行しているので、文字にコードを振

    るのなら、そのとき言語なんて何にも関係がないと、それを原則に

    するといいのじゃないかと思いますが。書体の違いは書体で吸収す

    べきだし、言語種別を示すのは、文字コードとは別レイヤーでやる

    べきじゃないかと。

    中国のGB18030は、アッパレとしか言えません(笑) あのぐらいの

    力強さ、たくましさ、したたかさが、日本にもほしいと思います。

    まず自分たちが必要なものを作り、それをちゃんと「これがほしい」

    と国際的に主張するという。日本と正反対ですよね。

    だから、TOEICと英語力は……。激しいオフトピックでした。

  49. だいはど より:

    世は UTF-8 が主流というのは,ウェブ以外でもですか? というかそもそも UTF-8 とか UTF-16, UTF-32 ってどれもユニコードのエンクリプションの話ですよね? 例えばユニコードを実装するのにマイクロソフトのコンパイラや AIX では 2ビット(wchar_t が unsigned short)なのに対して他の UNIX や Linux では4ビット(wchar_t が unsigned int)だと言うのとはまた違った話ですよね.

  50. あ、私は内部コードとアウトプットされるコードを

    混同してるかも。。。失礼しました。

    内部表現って、UCS2かUCS4??

  51. Unicode 3.2.0 == UTF-32 == UCS-4 でしたっけ?

    葬り去られたというより2年しか経ってないから普及してないダケだと思うんですけど、どうでしょう?

    組み込み屋からは確実に嫌がられるでしょうが、今時の資源豊富な環境だとUTF-32でフラットに扱う方が細かいですが処理は減ります。

    で、書体の違いは書体で吸収するにも「”个”と”個”は同じだから吸収すべきだ!」とは言えないと思うんですよね。

    フラットなテキストへごちゃごちゃ混ぜて書くこと考えるとやっぱりUTF-32くらいでないとなぁ?とか思います。

    でも、中国もGB18030は勢力的にやったけど、Unicode1.0の時はあんたら勝手にしなはれ的な態度とられてたらしいですね…

    んで、英語力の話か…

    いろんな話を今までみてきた限りでは、例え英語力があっても宗教戦争には勝てるとは限らないと思うんですよね〜

    って、それも横道に外れてるか…

    TOEICも専門用語出ないし。

  52. 欧米人と対峙するには、英語という言葉で何を伝えるかを鍛える必要があると私は思います。

    論理的である事と、自明で客観性のある事の列挙、明確な目標。こういうことを心がけて議論できないと英語が話せても、相手に自分の主張が通りません。また、英語だけでなく議論に望む際の準備も万端でなくてはいけません。不平ばかりで代案が出ないようでは放置です。

    何度も日本企業と欧米企業との間の会議を、パートナーorコンサルの立場で見てきましたが、日本人の主張には論理が感じられず、都合の列挙に終始している場面によく出くわします。何を目標にして会議しているのかすら見失ったりします。挙句、通訳をとめて、経営陣が「こういう事を相手に飲み込んでもらいたいのだが、こちらの本音がわからないように説明してくれないか?」と英語ができる社員に議論を押し付けたりと散々な時も少なくありません。

    日本人には系統立てて論理を組み立てて議論に臨むという訓練をしてきていません。論理的に考えるという経験や能力が乏しいです。日本の中で通じる説得も、あっという間に欧米人に蜂の巣にされます。私もたまにミスタースポックに弟子入りしたくなります。有無も言わせず相手に飲み込ませる仕掛け、というのができないかと考える日々。。

    加えて重要なのはクロスカルチャーの場合をどう切り抜けるかです。学生の英語ディベートで最強であっても、日本企業に属してしまうと、その人は個人である前に企業のインターフェースとなります。つまり、ベタな日本人思考のオヤジと、欧米人の間に立たされます。自分の理屈を言いたい放題言う訳にはいきません。決定権を持つのはベタなオヤジの方ですから、欧米側には論理的な顔をして、オヤジ側の都合を整理して伝えるという厄介な役回りを演じる必要があります。

    会議というのは個人で参加している訳ではなく、さまざまなしがらみと都合をしょって来ているわけですから、英語能力だけではく、無意識にこういう問題によって自分はコミュニケーションから疎外されているのだと、自覚して考えると少しは心が整理できるのではないでしょうか?

  53. そういう意味では日本人同士の会議でも論理性に欠ける会議が多いですからね。結局日本人同士でも会議が不調になること多いですから。やっぱり日本人の問題かな。

  54. KJ より:

    なるほど、しこ課長がおっしゃるような話であれば、「大切なのは

    言語そのものよりも内容だ。言語はツールだ」というのは説得力が

    あります。私は「言語は所詮ツール」という主張は多くの場合、ツー

    ルさえ使いこなせない言い訳に過ぎないと思っていますが。

    欧米人と話しているときに、日本人がしどろもどろになったり、曖

    昧な物言いに終始することがあるのが、単に語学力の問題だけでは

    ないとは、私も感じています。私自身、何かモードが違うんだとあ

    るときに気づいて欧米人的な議論についていけるようにと意識する

    ようになりました。

    ただ私は、これを「論理」「非論理」と切り分けるのに、若干違和

    感を感じます。これは文法よりもひとつ上の、メタレベルのコミュ

    ニケーション様式の違いだと思うんです。

    事実というのは曖昧模糊としていて、いつも多面的です。私には欧

    米人は物事をシンプルに見て、シンプルな論理構築で自己満足的に

    強弁していると思えることが多いです。一方、日本人は曖昧に「そ

    れもそうだし、あれもああだ」的なハッキリしないことを言います

    が、そのほうが複雑な事実や、それに対する話者の立場の微妙さを、

    より柔軟に言い表していて、そういう柔軟なやりとりの中で妥結点

    を見つける日本のコミュニケーション様式が、必ずしも「非論理的」

    だと言い切れるのでもないのじゃないかと思うんです。

    こういう様式の違いまで含めて「日本語」であり「英語」なんだろ

    うと思います。だから、言語を切り替えると、態度や気分が変わり

    ます。私は英語を話すと、語彙が少ないこともあって、非常にハッ

    キリした、ストレートな物言いになりがちで、やや攻撃的な性格に

    なるように自覚しています。やや独善的に自己欺瞞ぐらいやらない

    と、整合性の取れた論理なんて、そう簡単に構築できません。事実

    や現実、あるいは認識というのは多面的で、それ自体が矛盾をはら

    んでいるものだと思うのですが、論理というのはすべてそういうファ

    ブリックを捨象してしまいます。

    あるときアメリカ人に言われてハッとしたのですが、日本語の「○○

    なんですが、○○ですが」を、日本人はbutという接続詞で結びがち

    なんですね。日本語の「○○が」は非常に非常に弱い反意の接続詞と

    いうか、事実確認の羅列でしかない場合が多く、そういうのにアメ

    リカ人は驚きます。「言ってることが何で何遍もひっくり返るんだ?

    おまえは何を言いたいんだ?」。

    日本人は非論理的とか日本語は非論理的というのは、それは欧米人

    から見たらそうかもしれませんが、別にそれで我々は問題なくコミュ

    ニケーションもやっていれば、高度な経済活動までやってるわけで

    すから、困ってないわけです。いやいろいろ困っていますが、それ

    はコミュニケーションとは困りながらやるものというだけで、それ

    はたぶん英語を使って英語のような論理的ディベートをしたときに

    起こる軋轢や、衝突とトレードオフの関係にあるように思います。

    アメリカでそんなに議論がうまく行ってるのでしょうか? 生産的

    にディベートできてるのでしょうか?

    英語の世界に出ていくときに英語的な発想、英語的な対話様式に切

    り替えるべきだというのはその通りだと思います。でも、それは日

    本語と英語は対話様式が違うということであって、何も日本語話者

    が非論理的だとか論理的思考の訓練ができてないということじゃな

    いのではないかと。

    産業革命や科学革命が欧米で起こったのは、欧米式論理、演繹、単

    純化の成功でしょうし、資本主義だって欧米式論理となじみが良さ

    そうに思えます。だけど、うーん、なんというか、アメリカ式の独

    善的でシンプルな「論理」が世界を覆うと、ちょっとイヤだなぁって。

    しかし、日英の接触する部分で英語側に矢面に立たされる代弁者の

    苦労は、分かる気がします。通訳の人もよく嘆いていますよね、日

    本人のお偉いさんには、たまに何を言ってるのかわからない人がい

    るとか。

    鈴木大拙という、日本の仏教や文化を欧米に紹介した大学者がいま

    すが、彼の本を読んでいると、たとえ英語で書いてあっても、平気

    で「Aである。しかしまたそれは非Aでもあるのです」というような

    文章がしょっちゅう出てきます。まあ多くの場合は話は宗教なので、

    はじめから論理ではないと言い切ってるのですが。

    ともあれ、こういういっけん非論理の知性も欧米で受け入れられ、

    欧米の多くの文化人や心理学者に多大な影響を及ぼしたという事実

    もあります。論理学の初歩からすれば論理的に破綻しているもので

    あっても、それがより低レベルかと言えば、決してそんなことはな

    いと、特に表現形式として優れている場合もあるのじゃないかと。

    我々の世界は複雑だし、ある意味では何とでも言えるのに、そんな

    に単純な「論理」を強弁していいのか。そういう違和感を、私は欧

    米人に対して感じます。たとえば捕鯨問題にしても、なんて偏狭な

    論理だと思いませんか?

    いや、ビジネス交渉レベルと文化レベルを混同するのはいけません

    が……。でもなんか、「日本人は非論理的」と言い過ぎな気がする

    んです。それであえて反論してみました。

    mixi最長書き込み!? ^^;;

  55. KJ より:

    私は日本人が問題なくコミュニケーションできているとは思っていません。日本人は「論より証拠」で、目の前にモノを提示できて展開できるビジネスには非常に長けています(製造業等)が、ロジックを回すのは不得意ですし、その不得意に乗じて私利私欲や既得権益を守るアフォが跋扈しているのが現状だと思っています。理屈が通らないから、偉いとクロもシロにされます。

  56. KJ より:

    > 私は日本人が問題なくコミュニケーションできているとは思っていません。

    現場の叫びは切実ですね。。

    でも、その問題というのは本当に日本固有ですか?

    アメリカでは決裂したり、「こいつには通じない!」と

    椅子を蹴ったりしてないのかと。上司に論理でねじ伏せられて、シロがクロになってないかと。

    私の疑問は、コミュニケーション一般の問題と

    日本語(日本人)のコミュニケーションの問題を、

    ひょっとすると我々は混同してないでしょうかということです。

  57. KJ より:

    外人さんはねちねち理屈の通らない事を言ったりしませんが、ブチ切れる事は多いですね。暑い夏の夕方に会議をやっていたのですが、その日はノー残業デーで全館18:00で空調が切れてしまい、会議室がめちゃくちゃ暑くなった頃、「納期が間に合わない」と爆弾発言をしたら、居合わせた外人が机に空手チョップをかましてギャーギャー叫びだしたとか、そういうこともありました。理詰めでいっても、議論で決着がつかないと、すぐ戦争(エスカレーションモード)に突入するという短気さは感じます。うやむやにクロがシロにされてしまうのではなく、ザックリ真っ二つという感じ。

    その点日本人は粘り強いと思います。例えば「私達は絶対にあきらめない」と経営者が相手に言い放つ気迫というのは理屈抜きで相手に伝わります。

    あと、欧米人(特にアングロサクソン)は「お前らどうやってもこれには反証できまい」「未来の事なんかわからないんだからこれをやれば問題ないんだよ」というようなその場で反証ができない無茶な話を突きつけて押し通すような事は結構しますね。それは恐らく確信犯な訳ですが。例のイラクはアルカイダを支援していた、みたいないかにもなやり方です。

    俯瞰的に見ると矛盾しているのにその場を押し通す欧米人の二重思考、ダブルスタンダードとかは辟易します。そういう彼らの思考の欠点を逆手に取った攻略法に日本人は無力です。

    つまり、日本人のコミュニケーションには良い点もあるが、欧米人相手だと、分が悪い状況に追い込まれがちだね、とも思うのです。日本人は相手を察する事を当然としてコミュニケーションするんですから、相手の都合かまわず土足で入り込んでくる人には相応の心の切り替えが必要です。

  58. KJ より:

    > 日本人のコミュニケーションには良い点もあるが、欧米人相手だと、分が悪い状況に追い込まれがちだね

    ああ、まったく同感です。

    何かグループの利益を代表して議論するような場で、

    不利になられては困りますので、そういうときには

    同じモードで戦ったほうがいいと思います。

  59. KJ より:

    しこ課長のコメントにもありましたが、言語がどうのよりもやはり論理的思考力があり、それをもとに自分の意見をはっきりと伝えることが必要だと思います。

    論理的思考力は簡単には見につくものではありませんが、私の場合は、グロービスのクリティカル・シンキングを受講して、論理的思考力を身につけましたね。

    物事の理解力や思考力が急激に変わりましたし、仕事にも役立っていますよ。

    あと、英語力は努力と遊ぶことじゃないでしょうかね。

    どんな勉強でも仕事でも楽しみながらやらないと、息詰まっちゃいますよね。

    僕の場合英語は元々使ってましたが、最近は六本木の外人が集るホットスポット「ハートランド」に行って、国籍問わず、いろんな人たちと話しをすることによって、英語力を改善させ、且つ、自信を付けていますよ。

    試してみて下さい。

    キーワードは「グロービス」と「ハートランド」

  60. そういう意味じゃ僕は英語を使わない外人が集まる場所へよく行きますが、それはそれで考え方の違いがまた楽しかったりしますね。

    そこの文化に染まる事が会話にも繋がる気がしますね。

    そこの会話の流儀(?)とかになじむとスムーズになるというか。

    でも染まり過ぎると方言っぽくなるかもしれないですけど。

    こうやって僕は英語力が伸びずに中国語力が凄い勢いで伸びてきてる様な気がする…

    やばいやばい…両方伸ばさないと…

  61. 私はドイツ駐在の時に現地で多国籍企業社員向けのセミナーに行ったり、いろいろスクールだの研修で訓練しました。

    訓練の良い点は、間違いや短所を、その筋のプロフェッショナルが指摘してくれるところです。読書や映画鑑賞の場合、自分の理解に間違いがあっても指摘される事はなく、間違ったものは間違ったまんまになります。(英語字幕DVDはその点すばらしい)日本でも企業向けにビジネスの事情に合わせた英会話の授業を設けているところが多いです。でも授業料は高く、自腹ではきついです。

    私がドイツ語を鍛えたのは、ドイツやオーストリアのビアホールでありましたが、あいさつと日常会話はうまくなりましたけど、結局自分の文化や考えを表現するまでにはあまりにも程遠かったです。同僚(ドイツ人、アメリカ人、チュニジア人など様々)と飲むときは専ら英語で、「相手が日常どういうことを考えているのか?」を遊びや雑談で知り、日々のコミュニケーションを円滑にできました。

    一方、日本人は論理的な思考を鍛える事に加えて、直接的なコミュニケーションを心がける必要があると感じました。相手に何らか推し量ってもらう必要なく、自分の要求を間違いなく伝える事は、直接的なコミュニケーションの例です。「直接要求するのは無礼で、遠まわしに言うほうが適切である」という日本人にありがちな思考が、実は自分が思う以上に発言パターンを支配している事に、研修中に気付いたことがあります。ストレートな物言いに日本人側が面食らっている一方、受けてである欧米人側は「この人たちは何を私たちに求めているのかわからなくて怖い」と考えている場合もあるのです。

  62. それは欧米人に限らずインド人にも中国人にもあるような。(住んでる地域によってだいぶちゃうけど)

  63. KJ より:

    どこで外人と話をするかにもよりますが、日本についてと自分自身について、下手でもいいから説明ができるといいかもしれないですよね。

    僕の場合、今から13年位前にオーストラリアで日本について教えるボランティア教師をやっていましたが、バックパッカーとしてオーストラリアとアジアを一人旅しているときに、日本のことが話せたので、友達がたくさんできましたし、信頼されましたね。

    日本人の多くが、日本のことを知らず、いろいろ聞いても話せない(英語力でなく)ということで、(多少知性のある)多くの外国人が、若い日本人のことを嘆いてましたね。

    だから、日本のことを学びつつ外人と話をすると、友達ができやすく、さらに、自分の意見を持っていれば、英語でも議論がしやすいかもしれませんよね。

    そこでの議論は、仕事にも活きてくると思います。

  64. > 日本人の多くが、日本のことを知らず、いろいろ聞いても話せ

    > ない(英語力でなく)ということ

    どこの国でも自分の国のことすらよく知らない

    人って大量にいるもんじゃないでしょうか。

    違うのは、日本ではそういう層の人でも「英語やんないと」

    みたいな雰囲気になっちゃってることかと。

    経済的に恵まれてるなもんで、中流でも外国留学とか

    しちゃうわけで。

    たとえば中国から外国に出て英語話している奴らは、

    みんなエリートじゃないんでしょうかね。

    鈴木孝夫という言語学者が言ってますが、英語で日本の歴史を

    勉強するのがいいって。もう英語(やフランス語、ドイツ語)

    をやって欧米の知識を採り入れることが第一義である時代は

    終わった、いまや英語は発信のツールであるから、

    日本の歴史、社会のことを英語で学べばいいという。

    中国人がかつてロシア語を学んだ(共産主義国のお手本として

    ロシアは先生だったわけですが)ときには、なんと

    ロシア語で中国の歴史を勉強してたらしいです。

    で、欧米語で一生懸命に欧米の文学や哲学、科学を学んで

    いた時代を見てきた鈴木氏は衝撃を受けるんですが、

    「ああ、それもありか。いまの日本に必要なのは

    これかな」と思ったそうです。

  65. 昔の日本文化に関してはイギリスの方が詳しくて正確な情報を持っているかもしれません。

    しかし、第二次世界大戦周辺で欧米が日本について語る事には一顧する価値すらないでしょう(w。 親日家ですら、「WW2における日本は狂気であった」でおしまいですから。この辺の話題はドイツやイスラムの人と結構深く話しこんだものです。歴史というものは勝者によって歪められますから、英米人が語る近代日本を素直に学ぶのはどうかと思います。例えば、欧州列強のアジアでの搾取は神から許された正義で、日本人の侵攻はサタンの蛮行なんでしょうか?

    かくいう私も、アメリカ人に対しては「はいはい狂気と蛮行ですまんこってす、アメリカは自由の国の素晴らしい先生です」で済ませています。面倒だしそんな話したくないですから。ちなみに相手がイスラムやドイツの人だと「お前!プライド捨ててどうする!!」とか私を煽る事もあったような。「立ち上がって俺達と闘え」と欧州で働くイスラムの人とかと結構友達になりました。

  66. 全部読めなかったけど勉強になりました。

    kenさんのような厳しい意見でビシバシ行きたいですね。

    私もどうも自分のスコアから何でも知ってる英語辞書みたいに周りから思われるのが、嘘ついてるみたいで、もっとちゃんとしなきゃ、と焦るタイプです。

    でもその気持ちわかってくれる人は周りには少ないんです。

    謙遜、または嫌味に取られます。

    UKに7年住んだ後、日本に来て3ヶ月チョットした頃に一度受けておこうとおもって受けたのが935でした。

    事前勉強も何をしたらいいかわからず、一冊模擬試験を買ってやってみただけですけど、模擬スコアは750以上は省略されていたので、全然模擬の意味がなかったです。

    インタビューも受けたんですが2.

    至って一般的。

    ここでやっぱりしっかり測られたな、と思いました。

    時事ニュース自体、日本語でも興味がなかったので、最近のニュース?ドイツで航空機墜落して日本人が何人か乗っていて死亡したそうだ。。。程度しか言えず。

    後は、アンタはbritish accentだね、と言われた位です。

    でも、もう二度と受けないと思います。笑。

    3年もたって、逆に自信も落ちました。

    なので、なおさら、こう持ってるスコア相当なものになりたいな、と思います。

    このトピック刺激的で良かったです★

  67. マスカラスと申します。

    過去に1年ほど英会話を教えていたことがあります。

    私はTOEICやTOEFLは、実際に英語を話す能力とはあまり関係がないと思います。

    だってテストで、一回も英語をしませんから。

    ただ鉛筆でマークするだけじゃん、と(笑)

    でも単語力とか文法力とかも『英語力』って考えると

    TOEICと英語力の相関関係は高いのかもしれないと思います。専門家が『英語力』を測るためにつくっているんですから。

    あと、テストはクセがあるので、やればやるほど有利になると思います。ボクは留学のためにTOEFLを受けまくったのですが、受けるたびにスコアはあがりました。

    特に文法の問題と時間配分は数をこなすと有利と思います。

    私はTOEICも受けたことがありますが、なにも準備せず、過去問題もみないで、前日に酒飲んで受けたら、結果は悪かったです。

    相槌とかちょっとした一言は、英語力の問題より

    なんか雰囲気をよむとか度胸とか、思い切りとか

    そういった問題で、日本にいても解決できると思います。

    失礼しました。