砂の女

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コメント

  1. kimura より:

    怖かったけどちょっと興奮した。

  2. アカ.ネ. より:

    だいすきです。

    友達に「読め!」と配るほどに・・・。

  3. ダダU より:

    私もすき。読んでる時は、女にイライラしたけど、読み終わって、普段の自分の生活を振り返ると、女そのもののような気がした。

    女は家の中に、男は家の外に安らぎがある事を望んでいるのか、執着しているのか・・・?

    あと、世間一般に、既婚の女性を『家内』と言う呼び方をするのと、この話の女の行為とが、妙にシンクロします。ね?!

  4. Nappa より:

    砂の女、映画もきょわかった〜

    岸田今日子もうはまりすぎてて。。。

  5. リュウイチ より:

    あの非現実的な環境を、五感が勝手に空想して感じてしまう描写力の凄さ。ノドは渇き、身体はべたついて、ザラついて、とてつもなく絶望的で。

  6. 安部公房の生理的なものの表現は、本当に生々しすぎて、直で共感してしまいますよ。

    なんだか、粘り感がすごいですよね!

    皮膚がふやけるニオイまで感じてしまう。

    何度も読み直してしまいました。

    安部公房作品は、あまりにも鮮明に絵が浮かんでくるので映画はみてないんですが、岸田今日子みてみたいな。。。

  7. W より:

    主人公が、砂の存在を流体力学の観点で定義するところが好きです。

    エッセイ「砂漠の思想」の中の、

    安部氏の砂・砂漠への憧れの表現も好きです。

    砂の本性はプラスチック(可塑的)であるところにあると。

  8. saruta より:

    >cocco.Aさん

    なんというか、表現に使う語彙とか発想がものすごいんですよね…。

    なんでそんな比喩思いつくかな、っていう。

    個人的に一番好きな表現は、「カンガルー・ノート」の

    うろおぼえですが、「顔にかかる看護婦の吐息は、体温だけの匂いがした」ってくだり。

    なんか、すごく色っぽさを感じました。

    映画「砂の女」がキモチワルイ人には、椎名誠氏の「遠灘鮫腹海岸」ってのがあります。

    なんでも、隣の穴の話だそうです(って嘘ですが

  9. DO RE MI。 より:

    砂の女で、女が苦しむ描写を「地蜂が卵を産むときのように体を折り曲げて・・・」という表現があって、鳥肌が立ちました。

  10. 梅香 より:

    粘液質

    興奮したなぁ・・

    砂が体にまとわりつくー

  11. 高い嗜好性 より:

    読んでいると口の中が凄く気持ち悪くなりました。。

    まるで砂を食べているような感じ・・・・・

    映画観てみたいな。。

  12. 高い嗜好性 より:

     初めて安部公房を読んだ者です。

     あの、表現についての質問なのですが、新潮文庫の79ページに

    「……どんな勾配でも、下から見れば、むしろ実際以下に見えるはずである」とあるのですが、僕は個人的に、下から見たら実際以上に見えると思うのですが……。例えば、30度の坂を下から見たらものすごく急勾配で、これは実際には45度くらいあるんじゃないかと感じてしまいますが。

     それともこれはその逆で、45度くらいあるかなと思っていたら実は30度しかなかったということの説明なんですかね?

     すいませんややこしい質問で……。

  13. リサ より:

    >高い嗜好性さま

    はじめまして。

    ご質問の件ですが、私はこの表現を読んだ時、

    スキー場のゲレンデを想像して納得しました。

    リフトに乗る前、下界からゲレンデを見上げている時は

    「たいしたことないや〜」なんて思っていても、

    いざ滑ろうと下を見ると、思っていた以上の勾配にビビってしまった…

    というような経験がありましたので^^;

    個人によって感じ方は違うので、一概には言えませんが…。

    ご参考になるかわかりませんが、このような意見もございますよ(^_^)/

  14. 匿名 より:

    ∧∧

    (‘~⊇)あの絶望感にビクビクします

  15. 匿名 より:

    今日は映画のビデオかりてきました。

    今から見ます〜

    どのように映像化されてるのかなぁ。

  16. 数年前

    レイトショーで観ました

    本も読んでいたので

    文章の想像力の方が勝るけれど

    モノクロと

    岸田今日子の妖艶さ

    いまの自分でまた観てみたい

  17.  どこまでいっても

     砂!砂!砂!と、女。

     それしか言えん。

    …ってビレバンのポップに書いてたけど、ほんまに砂と女オンリー。

    読み終わった後すぐ、たまたま鳥取砂丘に行ったのですが、砂がべたつく気がしてうなされるようでした。。。

    でも、作品的には好き!

  18. 高い嗜好性 より:

    >リサ様

    お返事ありがとうございます。

    なるほど。下からよりも上から見た方が角度が強調されて見えるのですね。私はスキーはあまりしたことがないのでそれに気がつきませんでした。

    ただもうひとつ気になる点がありまして、

    79ページのこの文章の直前に、男が地面に砂の穴の模型を作って、

    その斜面がせいぜい45度くらいにしかならないことを発見しますよね(斜面がさらさら崩れてしまうので、それより角度をつけることができない)。

    で、男が実際に挑もうとしている砂の崖の勾配はそれ以上(45度以上)はあるだろうと男自身は思っているわけですよね?

    この崖はもっと急勾配だ、と。

    その上で、

    「……どんな勾配でも、下から見れば、むしろ実際以下に見えるはずである」

    という文章のつながりが、どうも今ひとつつかめないのです……。

    これは上から見たらもっと急勾配だということの逆説的な説明なのでしょうかね。

  19. 匿名 より:

    初めまして。横レス失礼します。

    >高い嗜好性様

    砂の女、読み返して見ましたが、文脈から察するに、

    「どんな勾配でも、下から見れば、むしろ実際以下に見えるはず」であるのに、

    実際、男の前に立ちはだかる砂の壁は45度以上の傾斜があるように見える、ということではないでしょうか。

    「いま彼が挑もうとしているこの壁も、やはりその程度の傾斜なのだろうか?」

    その程度=直前に模型で確認した、45度程度の安定角

    「いや、そんなことはありえない……目の錯覚だとしてもありえない」

    ここでの「ありえない」で、「45度程度であるはずが無い」=もっと急勾配に見える

    「むしろ実際以下に見えるはず」=45度以下にはとても見えない、という説明ではないでしょうか。

    乱文失礼しました。

  20. この本だけは呪いのように読んでる途中で本をなくす…

    何冊買えば最後までよめるのとおもった

  21. 高い嗜好性 より:

    >自律神経の嵐さん

    丁寧にありがとうございます。

    となると実際に男が挑もうとしている壁は何度くらいなんでしょうね。

    私は最初から直角に近いイメージを持っていましたが、実際には登れそうで登れない角度くらいとなると60度くらいなんでしょうかね。

    もっとも砂となると仮に45度でもかなり困難が伴うと思いますが……。

  22. ふーみん より:

    砂の女は僕が一番好きな作品のひとつです。

    何故か?

    砂の中での生活を否定し続けていた男が

    最後に既存の価値観が必ずしも

    正しいとは言えない事に気づき、

    迷った挙句に自らの判断で選択を行う・・。

    価値を相対化し、

    自己の価値観で判断し、行動することを

    肯定する本作品は

    社会的な常識を疑いながらも

    何が正しいかを見出せずにいる当時の思春期の

    自分を肯定しないまでも否定しないのだという

    強烈なインパクトを与えてくれました。

    読み終わったあとに

    何か勇気付けられるような感覚に包まれたことを

    今でもはっきりと覚えています。

    (5年ほど前ですが)

    同じような感想を持たれた方いますか?

  23. 匿名 より:

    砂の女を読んだのですが、最後は男が女を騙した!というように解釈してもいいのでしょうか??

    最近文学作品が好きになってきた初心者なので幼稚な疑問すみません。

  24. 匿名 より:

    最後の方の主人公のセリフで

    「孤独とは幻を追い求めて得られない、渇きである」

    なんかすごい「へぇ〜〜」って思いましたww

  25. 匿名 より:

     映画はすごい。

     でも、そのままの描写に近い。

     さすが勅使河原さん。

  26. 匿名 より:

    『砂の女』との付き合いは長い。ただし、読んだのは3回だけ。

    国語の教員になって、教室で『砂の女』を紹介した回数は30回以上。さすがにマンネリの気がして、最近はせいぜい2、3年に1度。

    「昆虫採集を趣味にしている男がいてね、その男は高校教員なのだが、、。そうそう、何かを趣味にしている人は専門性を高める、その男は砂丘に住む昆虫を専門にしていた。何とか新種を見つけ、、、」という次第である。「女が運ばれた後、ふと見ると、あれ程欲していた脱出用の縄ばしごが下ろされたままになっている。男はどうしたと思う?」そして、教室を見回す。

    この小説のテーマは「自由からの逃走」か、「自由の獲得」か。読みよう、気分によってどちらともとれる。それが私にとって魅力なのである。

  27. 匿名 より:

    新潮文庫・夏の百冊に選ばれてますよね。

    夏に読むにはもってこい(?)ですものね。

    また再読しようかしらん。

  28. 匿名 より:

    大学1回生の冬、はじめての1人旅に出て山陰をまわった。初日、鳥取砂丘の近所で泊まった。見知らぬ他の2名と相部屋である。宿のほうで適当に組み合わせる。

    1人は東京から旅行の芸大生。彼は『砂の女』の映画を見て、その砂丘のモデルとして鳥取砂丘に来たといった。なるほど、そういう読み方もあるのかと思った。

    もう1人は関西からの私大生。彼は、私の使った「7時(ナナジ)」という言い方を聞いて、即座に、「お前は和歌山の人間だろう。」と言った。何という慧眼。ただし、その後、テレビやラジオで盛んに「ナナジ」という言い方を聞いた。

    テレビやラジオでは「シチジ」と言うべきであろう。

    これも、『砂の女』にまつわる記憶である。40年近く前のことである。

  29. shakti より:

    私は安部公房をポストコロニアル文学者として規定しているものです。しかしこの私でもちょっと意外だったのは、安部公房の『砂の女』とキプリング「もうロビー・ジュークスの不思議な旅」(岩波文庫)とが、かなり似通った構造の小説になってるということです。最初に結末が明らかなのも、似ています。もちろん後者はインドの砂漠が舞台です。安部公房の砂漠体験は満州でしょうから、もっとも違いはあって、前者は帰らぬ人になり、後者は無事生還するというお話です。

  30. 匿名 より:

    小説なのに、自分自身の在り方と、なぜか重ね合わせてしまう。

    この小説を客観的に読むことは、もうできそうにない。

  31. 匿名 より:

    初めまして。
    安部公房について、三島由紀夫が、「ネタの割れた手品みたいだ」と述べていたそうで、私も同感なんですが、『砂の女』だけは別でした。冒頭の砂を巡る記述から、水の登場という意味に富んだ最後まで、飽きずに読み切った記憶があります。

    安部公房を読む機会はほとんどなくなってしまいましたがちょっと書いてみました。

    長々とすみません。

  32. 匿名 より:

    映画を観て、原作を読みました。自由な不自由と、不自由な自由と。面白いと思います。

  33. 匿名 より:

    皆さんは「愛郷精神」についてどう思いますか?

    私は故郷を持たない安部公房の反愛郷精神が逃亡にあたり、最後の逃亡しない男は安部公房の故郷への憧れではないかと思います。

  34. 匿名 より:

    最後男が逃げなかったので爆笑しました。ずいぶん昔の話なのに、ちっとも古く感じないわね。