陳述について

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コメント

  1. miu_nov より:

    庵功雄(2001)『新しい日本語学入門 ことばのしくみを考える』 スリーエーネットワーク P.178

  2. miu_nov より:

    お!図書館にありました。さっそく見てみます。

    いつもすみません。

  3. まにゅこ より:

    庵氏のものは日本語教育系の人がよく引用しますが、実際は何者なんでしょう?スリーエーってことは、やっぱり日本語教育系なんでしょうか?

  4. miu_nov より:

    庵先生は、阪大の現代日本語学一期生で仁田先生のお弟子筋にあたります。現在一橋大学の留学生センターの助教授で、現代日本語を対象としたテキスト言語学を研究されていらっしゃいます。

    http://cse.hit-u.ac.jp/staff/iori/iori.html

  5. miu_nov より:

    陳述、というものの正体が、ちょっとずつ見えてきたように思います。

    やはり、私の考えでは、モダリティとは別物です。

    今のところ。

  6. miu_nov より:

    うろおぼえですが、国内のモダリティのとらえ方には二つの流れがあって、

    ・仁田 益岡のモダリティ観

    ・大鹿 野村 尾上の叙法

    があったと思いますが、何か関係はありますでしょうか?

  7. miu_nov より:

    ゴメンナサイ、ここは用語が錯綜しているところだから、不用意に「モダリティ」と言ったところで意味がないですね・・・。

    今、品詞としての感動詞と文法における感動との関係を考えていますが、感動詞にモダリティ要素を認めるかどうか、ということについて言えば、私はおそらく認めない立場に寄っていくような気がします。まだちゃんと読んでませんが、仁田先生とは違う立場になるのでしょうか。

    先行研究をまだまだ読みきっていないのに、見切り発車で用例の採集も始めました。先行研究は、最終的に論文を書くまでにはすべて洗うつもりですが、現時点では立場の違う人の考えをたくさん採り入れることよりも、自分で採取したデータからある程度の予測を立て、論を組み立てることも大切にしたいと考えています。

    まだまだ読み進んでいる最中なので、「誰の理論で言うところの○○」といったはっきりした形で示せなくてすみません。

    仮にモダリティを「文中の命題としての要素に対する話し手の判断・態度を示すもの」だとすると、感動詞には認めにくく、いわゆる統覚作用とも別物だと考えます。

  8. miu_nov より:

    その「感動詞」にもいろいろあるんでした。

    「自立語」とする人から「辞」と考える人まで・・・。

    これじゃお話にならない、私。

    ホントすみません。

    ここじゃ限度があるので、そして自分としてもまとまらないので、今日のところはこのへんで・・・。