親父の話題はここで

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コメント

  1. RYU より:

    はじめまして。[ANNA]みてから好きになったんですが、[カナビス?]だとエロ親父で笑えました。ベットで寝ながらバーキンを手で誘導するとことか。

  2. ローズ より:

    「スローガン」の親父もよかったですよ。バーキン翻弄してて。(ちょっと内容忘れたけど、ビデオカメラで色んなポーズするバーキンを撮ってたのは覚えてる)

  3. ローズ より:

    「ANNA」いいっすよね。

    サントラかなりハマリました。

    さすがゲンさん。

    お気に入りの1枚。

  4. 特に晩年に顕著になるのですが、リズムに合わせて首をカクカク動かしたり、一瞬ギョロッとなる眼なんかがたまりません・・・

  5. ★コウキ★ より:

    管理人不在という事で書き込みが出来ないので管理人になってしまいました 

    で 昔パリに行った時に撮った写真を写メしてUPしました

    写真1は 生前 住んでいたお家です

    写真2は モンパルナス墓地にあるお墓です

    写真3は パリのレコード屋です

  6. トリコロル より:

    皆さま、はじめまして。

    >はやしたつやさま

    リズムに合わせて首をカクカク、一瞬ギョロッとなる目…

    私もあれ、たまりませんねぇ。

    去年のクリスマスに、ZenithとCasino de ParisのライブDVD2枚組をもらったのですが、いいですね、動くセルジュも。

    ドラムに合わせて、突如はじけたように前のめりになるダンスもいいです。

  7. トリコロル より:

    ゼニスといえば、「ジャヴァネーズ」で

    客がジッポ灯けて上にかざし

    (フルコーラスやってると熱くならないか心配)

    最期は会場全体で大合唱大会になるとこなんか

    何度見ても涙が出る。

    早く国内盤DVD出してください。

  8. トリコロル より:

    >有馬さま

    ジャヴァネーズ…確かに涙ものです。

    あと、シャルロットなしで歌っちゃう「レモンの近親相姦」も。

    コンサートで、ライターの火をかざすってのは、セルジュから始まったものなのでしょうか?確かに熱そうです。

    あと、動くセルジュを見て発見したのは、シャルロットのあの足の長さは、ジェーンではなくセルジュゆずりだったのだ!ということ。淡い色のデニムに白のデッキシューズ…あのバランスが親子揃ってそっくりです。

  9. >コウキくん

    うわー。レアだ。

    レコード屋にあたしが持ってるゲンズブールのCDのレコードあった!

  10. アノお札を燃やしてしまったときの、ちょっとビビッていながらも頑張ってカッコつけようとしている、ナンとも云えない複雑な表情が大好きです。

  11. 去年タワレコで親父の切手をもらったのですが

    本物?

    フランス郵政省?やる気?

  12. ★コウキ★ より:

    音楽評論家の鳥井賀句さん(2回一緒にDJした事があります)

    は2回ゲンスブールにインタヴューしたことがあるそうです。

    以下鳥井賀句さんのHP(Gaku’s Garage)からの抜粋です

     

    セルジュ・ゲンスブールとは1984年と88年の2回インタヴューしたことがある。84年のインタヴューはパリの彼の自宅に招かれての取材で大変緊張したが、取材後僕を気に入ってくれたゲンスブールは、様々な絵画のコレクションを見せてくれたり、ピアノを弾いてくれたり、一緒にハシシをキメタリと、もてなしてくれた。最高にカッコよく、最高にインテリジェントな人であった。本稿は僕のインタヴュー集『ハロー・アイ・ラブ・ユー』(絶版)からの載録である。

     セルジュ・ゲンスブールという名前を聞いて首をかしげる人でも、ジェーン・バーキンとのセクシー・デュエット「ジュ・テーム」といえばフンフンと思い当たるのではないか。バーキンの元ダンナであり、彼女の主演した『ジュ・テーム』や84年日本でも公開された映画『赤道』の監督、また映画『ガラスの墓標』では自ら役者も務め、フランスの一流出版社から小説や写真集も発表するという多芸多才ぶりを発揮しているゲンスブールは、何よりもフランスで50万枚以上のアルバム・セールスを誇るシャンソン・シンガー&作曲家である。だがシャンソンというには、彼の作る歌は生真面目なシャンソン・ファンからは目を向かれるような猥雑なセックス・ソングや露悪的なブラック・ジョークに満ちている。おまけにT・レックスとかローリング・ストーンズを賛美する歌を作ったり、わざわざジャマイカまで出かけて行って、レゲエのレコードを作ったりする。最新作(84年)『ラブ・オン・ザ・ビート』では、ピーター・ガブリエルやサウスサイド・ジョニーといったロック・シンガーのバック陣をゲストに迎え、ギンギラのディスコ・ビートに乗せてセックス讃歌を歌う。この精神はまぎれもなくロックだ。パリ市内にある瀟洒な彼の自宅を訪ねた。

    ―ここ最近はジャマイカのレゲエ・ミュージシャンとレコーディングしたり、『ラブ・オン・ザ・ビート』ではラップの要素も少し感じますが、ブラック・ミュージックに興味をお持ちなのですか?

    ●私はあらゆる優れた音楽に興味を持っている。アフリカの民族音楽から日本の和太鼓までね。15年間イギリスのミュージシャンと一緒に仕事をしてきたが飽きてしまって、その後ジャマイカの音楽に興味を持った。レゲエはクールな音楽だし、トーク・オーヴァーのテクニックはレゲエに良く似合う。だからレゲエのレコードを何枚か作ったが彼等は単調だから、ガーシュインやコール・ポーターのようなソフィスティケイトされたものはできない。スライ・ダンバーは違うけど・・彼は一流のドラマーだ。ロビー・シェイクスピアはジェイムズ・ブラウンと一緒にやろうとしたが失敗した。スライ・ダンバーはボブ・ディランとも一緒にやっているが、ディランにとって良かったかどうかはわからない。だから今度はレゲエ以外のミュージシャンを捜していた。今更フランスの音楽に戻ることもできないし、日本のパーカッションに手を出すのはまだ時期早尚だし。それで様々なレコードを聴いた。デヴィッド・ボウイ、ダイアー・ストレイツ、カルチャー・クラブ、マイケル・ジャクソン…そういった新しいロックのレコードを聴いた後で、ピーター・ガブリエルのシンセサイザー奏者ラリー・ファーストや、ギターのビリー・ラッシュを呼んで、ニューヨークのパワー・ステーションでレコードを作った。相当な経費がかかったが、フランスで1ヶ月で20万枚以上売れた。『ラブ・オン・ザ・ビート』は「ジュ・テーム」よりももっと力強くてエロティックなものだ。

    ―正式な音楽教育を受けられたのですか?

    ●私の父はピアニストだったんだ。だから物心がつく前から15歳まで、毎日クラシックを聴いて育った。父が毎日自分自身の楽しみのためにショパン、ブラームス、スカルッティ、バッハ、またガーシュインやコール・ポーターを弾いていたからね。学校には行っていないが、父からピアノを習い、個人レッスンでクラシックの勉強をしたんだ。

    ―『ラブ・オン・ザ・ビート』のアルバムもそうですが、あなたの歌にはセクシャルなイメージが豊富で、セックス至上主義を感じますが、あなたにとって「愛」と「セックス」とは?

    ●心と下半身、インテリジェンスと肉体・・時にはセックスだけ(笑)。でもあまり長続きしない。

    ―『ラブ・オン・ザ・ビート』の「レモン・インセスト」で歌ってるのは、あなたの娘さんですか?

    ●そう、私の娘、13歳のシャーロットだ。彼女はすごい美人で、私がこれまで作り出した最高のものだ。イギリスとロシア系ユダヤ人の血が混ざっていて、それにフランス的インテリジェンスが加わっている。これはモロトフ・カクテルかブラッディ・メリーか、あるいは酒とシャンパンのミックスだ(笑)。彼女はカトリーヌ・ドヌーブと映画に出ているが、近い内に彼女を主役にしたロマンチック・コメディを作りたいと思っている。私はこの10年間本当のロリータを捜してきた。ブリジット・バルドー、カトリーヌ・ドヌーブ、ジェーン・バーキン、フランス・ギャル達と仕事をしてきたが、シャーロットこそ、私の捜していた本当のロリータだ。それと(横にいる恋人を指して)・・彼女がバンブー。これは私が彼女に付けた名前。彼女は中国人とドイツ人の混血で『ラブ・オン・ザ・ビート』の中で猫の声を出しているのが彼女だ。彼女も私の娘のようなものだ。私は…ダーティー・オールドマン(いやらしいジジイ)だ(笑)

    ―あなたは歌手、プロデューサー、映画監督、写真家、作家…と多才な活動を続ける総合的なアーティスト=ジェネラリストだと思うんですが、そういった幅広い活動を通してあなた自身が一番表現したいものは何ですか。

    ●すべての活動を通して私は常に人生の誘惑者でありたいと思っている。フランスでは一般的に私のようなジェネラリストは好まれない。よく「どうしてあなたはいつも他の事をやりたがるのか?」と訊かれるが、どうしていけないんだ。アメリカだとこういう問題は全くない。

    ―そういったジェネラリストの1人として、ボリス・ヴィアンの名前が思い浮かびますが、彼についてはどう思いますか?

    ●私はボリス・ヴィアンが死ぬ6ヶ月前に彼と出会った。1958年、私があるナイト・クラブで歌っていた時彼がやって来て「君はコール・ポーターと同じテクニックを持っている」と言った。とても嬉しかった。そして更に一緒に仕事をしようとも言った。でもその後彼は死んでしまった。エディット・ピアフについても全く同じことが起こった。ある時私が歌っているのを見て彼女が「あの男はだれ?」と訊いた。「ゲンスブールだ」と誰かが言うと、彼女は「みんな彼のことを醜い男だと言ってるけど、なかなかいい目をしてるわ」と言った。それから彼女の家に行ったとき「私のために歌を作ってみない?」と言ってくれたけど、3ヶ月後に彼女は死んでしまった

    ―あなたより少し年上のジャック・ブレルやレオ・フェレといったレアリズムのシャンソン・シンガーからの影響は受けていますか。

    ●ジャック・ブレルとは一緒に仕事をしたことがあるが、彼やレオ・フェレなどから影響を受けたとは思わない。私に影響を与えた唯一の人間はボリス・ヴィアンだ。それと多分、ボブ・ディラン…。

    ―どんなロック・グループが好きですか?

    ●カルチャー・クラブやデヴィッド・ボウイはソフィスティケイトされていていい。オーティス・レディング、ジェイムズ・ブラウン、プレスリーも好きだ。

    ―あなたには色々と恋のゴシップやスキャンダルがまとわりついていて、あなた自身それを面白がっているようにも見受けられるのですが…愛することに全てを賭け、愛されることなど顧みないドンファン型の男と、愛されることに全てを賭け、愛することを顧みないカサノバ型の男に分けるとすれば、僕はあなたは一見カサノバのように見えながら、実はドンファン的な人ではないかと思うのですが、これは当たっていますか?

    ●なかなかいい質問だ。でも答えるのは難しい。私は愛されるのも愛するのも好き。つまり2人のミックスしたものだ。だから25年もトップの座にいられるというわけ。私のように若いときに醜い男は歳を取れば取るほどいい男になる(笑)。ボーイ・ジョージはなかなかいい男だけど、今の私の歳(56歳)になったら…問題だね(笑)。

    ―この間、ジェーン・バーキンのアルバム『バビロンの妖精』をプロデュースなされましたが、あなたと長年の恋人だったバーキンとは、今どういう関係にあるのですか?

    ●最良の友人だ。彼女との別れはとても辛かった。吹っ切るのに4年間かかった。『ラブ・オン・ザ・ビート』は彼女のことを忘れるための踏み台でもあった。今でも少し胸が痛むけど、バンブーがいるから大丈夫だ。

    ―サルバドール・ダリに会われた時の話しを聞かせてください。

    ●彼との最初の関わりは35年前。というのは私の知合いのあるダダイストのグループにいた作家が、ダリのアパートの鍵を持っていた。私は彼から鍵をもらってダリのアパートに2,3日泊った。部屋には大きな正方形のベッドが置いてあり、壁は真っ黒で、至る所にピカソやルオーやフジタやダリのポルノグラフィ的な絵が散らばっていた。実際に会ったのはそれから20年後、ホテル・モーリスで。彼の部屋で彼のコメント付きでポルノ映画を上映したりして、とても面白かった。私は毎年12月31日にはネクタイを締めて正装して、マキシムで食事をするようにしているが、ある時そこでダリに会った。その時の彼はもう既にかなり調子が悪かった。髭もピンとしていなかったし。

    ―好きな作曲家、画家、作家、映画監督などの名前を挙げてください。

    ● 作曲家はバルトーク、シューンベルク、アルバン・ベルク、ストラヴィンスキー、画家はピカビア、ジオト、ラファエル、ミケランジェロ、モジリアニ、ダリ、ピカソ、ポール・クレー、フランシス・ベーコン、作家はユイスマン、エドガー・アラン・ポー、ナボコフ、ダニエル・デフォー、オクターブ・ミラボー、ボードレール、ランボー、映画監督はハワード・ホークス、ジョン・ヒューストン、クロサワ、キューブリック、ビリー・ワイルダー、初期のルイ・マル…・・

     ダリから贈られたリトグラフやポール・クレーの絵、年代ものの人形や様々な珍品調度に囲まれた博物館のような部屋の中で、ゲンスブールはまるで哲学者のようにも、イタズラ好きの少年のようにも見える。それは彼の存在自体から溢れ出ている何ものにも代え難い自由さのせいなのだろう。「私の本名はルシアンだ。ルシアンは小さな男の子でセルジュは有名人…でも2人に共通しているのはナイーヴさと誠実さだ」。男が男に惚れる…そんな一時であった。

    (1984年11月29日:於パリ)

  13. ★コウキ★ より:

    彼の名前をつけるほど後年可愛がったバンブーとの子ども

    ルル(ルシアン)

    コウキさん長文の中の娘シャルロット、13歳(当時)

  14. ★コウキ★ より:

    以前の写真が削除されたようなので再度UP

    写真1は 生前 住んでいたお家です

    写真2は モンパルナス墓地にあるお墓です

    写真3は パリのレコード屋です

  15. 匿名 より:

    ワーキングホリデーでオーストラリアにいたときのこと。

    フランス人のカメラマンの男の子と仲良くなったんですね。

    で、「フランスの有名人で誰か知ってる人いる?」

    ときかれたので、ゲンズブールの名前をあげたんです。

    そしたら、「え?」とすごい驚いていまして。

    彼は日本で有名なのか?とすごい聞いてきたので、

    一部の間では、ファンが多いのよ、と言ったら、

    意外そうな、でもとても嬉しそうな顔をしていました。

    「彼を日本で理解してもらってるのは、嬉しい。」と。

    フランス国民からみても、彼は異才をはなって、独特だったようですね。

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