狭!!

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コメント

  1. 尾崎 恭一 より:

    知ってる知ってる。

    行ったこと無いけど。

    しかも比文の人、卒業して知り合った人の

    ほうが在学中のときより多い。それでも

    少ないけど。

    上智狭いねー。いいじゃん、動きやすくて。

    広いほうがいいの?

    それより四谷って学生ムキな街じゃないのが

    いやだよね。

  2. たかぴら より:

    俺も同じく。

    ひぶんの人が会社にいた。

    あのぐらいの広さに慣れてしまった。

    隣駅が学生向きだからいいんじゃない?

    未だに集まりそこだし。

  3. ばやし より:

    比較文化は、もうすぐ四ツ谷に移るそうですよ。市ヶ谷は売られてしまうそうです。

    市ヶ谷キャンパスはよくPCルームの相談員でいってました。

  4. 比文は四ツ谷に移動するんだ。

    まあ、これで比文も少しは四ッ谷星と仲良くなるかもね。笑

    でも,ますます四ッ谷は窮屈に,,,

  5. Mamoru より:

    比分何人か知ってる奴と友達いたぞ、俺。

  6. >鬼丸さん

    その為に来春新二号館が…

    ちなみにその後,上智会館を取り壊し,そこに理系用の建物ができるそうです

  7. 78-51です。上智会館取り壊しですか……。週に2回は半蔵門に

    行ってるんですが、上智までなかなか行かなくなってるし。

    今度のぞきに行ってみよう。

  8. 尾崎 恭一 より:

    95-70です。って言ってみたかっただけ。

  9. 95、若いなあ(^-^;)

  10. だいはど より:

    86-51 です。ちょうどお二人の間くらいですかね。

  11. >だいはどさん

    86-51というと古賀とか塚越とか島宗あたりと一緒かな?

  12. だいはど より:

    > はまぞおさん

    塚越くんはいっしょでした。あとの二人は覚えてないです…(汗)。私はサークルにハマっていたため、クラスメートとの交流が少なかったんですよねぇ…。

  13. >だいはどさん

    まあ、クラスメート全員覚えている方が珍しいと思います(^-^;)

    僕の頃なんか、男女別クラスだったもんねえ(^-^;)

  14. ちび より:

    はじめまして、ちっぷと申します☆

    現在英文4(正確には5)年ですー。

    よろしくお願いします^^

  15. >ちっぷさん

    はじめまして。ピーター・ミルワード先生はさすがに

    引退したんだろうなあ(^-^;)

  16. だいはど より:

    > はまぞおさん

    さすがにもういらっしゃらないみたいですね。私も彼の本を一冊持っていました。

    http://www.sophia.ac.jp/J/fac.nsf/Content/bun_eibun_k

  17. >だいはどさん

    わかるのが小林先生と安西先生だけですね(^-^;

    さすがに英語科の教授はだいたいわかりますが、習った神父様は

    もういないなあ(^-^;

  18. ちび より:

    はまぞおさん>

    安西先生は私が高校時代に著書を読んで上智を志望したきっかけと

    なった先生で尊敬していたんですが・・・、残念ながら昨年体調を悪くなさって途中でゼミの担当を交代なさってしまいましたT-T

    神父様というとO’Learyさんくらいしかわからないにゃあ。

  19. だいはど より:

    > はまぞおさん

    私も英語学科の教員一覧を見てみましたが、懐かしい顔ぶれがかなり残っていますね。私が習った神父さま (Barry 神父など)はもういらっしゃらないようです。先頭にいる Francis Britto 教授は私が三年生のときにいらっしゃった覚えがあります。彼のゼミを取りました。(^^;;

  20. >ちっぷさん

    あら、安西先生ご病気なんですか。知らなかった。安西先生の

    翻訳英文法というと、そっちの世界では誰でも持っている本の

    一つですね。O’Learyさんはいるのか。

    気が付くと卒業して20年以上経っちゃっているんですが、昔は

    半数以上の授業が神父様によるものだったこともありますだ。

    僕は英語科でとにかくリスニングとスピーキングがだめぽだった

    ので、神父様とか外国人の先生の授業ばっかりとって必死に

    勉強した記憶が(^-^; あの頃は元気だったなあ。

  21. >だいはどさん

    僕なんかニッセル先生でした。ニッセルさん、まだお元気なようで

    うれしい限りですが、あのシニシズムはなかなか強烈だったなあ。

    フォーブス、ニッセル、メイスンと揃っていた時代はやっぱり強烈

    だったです。草深さんの家に行って飲んだ記憶もあるな、そういえ

    ば(^-^;

  22. だいはど より:

    > はまぞおさん

    ニッセル神父,いらっしゃいました! 実は入試の二次面接で私がジョークを飛ばしてしまった相手が彼だったという話があります(笑).アイルランド研究のドイル先生は神父さまだったのでしょうか?

  23. >だいはどさん

    ドイル先生は神父さまだったと思います。後輩にドイル先生に

    結婚式をお願いした人がいましたから。

  24. ICE 9 より:

    比文って確かに狭いけど、その分学部生の仲は良かったような気がします。学年の上下とかあんま関係なかったし。でも四谷の学食の雰囲気には常にあこがれました。

  25. だいはど より:

    はじめまして。

    市ヶ谷キャンパス、なくなるんですか・・・

    私は86の比文でしたが、「四谷の学生は比文組を避けている。国際的&

    英語という上智のイメージってほとんど市ヶ谷のものなのに、自分達は

    そうでないから」と、本気で思ってる人間が周りにはたくさんいましたよ。

    逆に、当時四谷組に聞いたところでは、「コミュニケートしたいけど、

    比文組は自分達でバリアーを張ってしまい、近寄りがたい」的な感想が

    多かったですね。

    まあ、どっちもどっちですが、私はサークルなどの都合で、四谷で過ごす

    時間のほうが長かったですね ^_^;

  26. だいはど より:

    お,86 の比文なら太郎くんとかと一緒かな? 実は本人だったりして(笑)。

    私はソフィア・ガゼットにいたので比文の子はけっこういましたね。イギリスに長くいた女の子なんかは「比文はすごいアメリカンだよね」と言っていました。確かにアメリカにいたという生徒さんが多かったのかもしれません。(^^)

  27. だいはど より:

    太郎くんって誰だろう・・・ ^_^;

    私は86秋なので、太郎くんは春入学の人ですかねぇ。

  28. だいはど より:

    えっと,そうです。彼は春入学ですね。あと(たぶん)87春入学で桑畑くんとかもいたなぁ。

    あ,86の秋入学ってことは早見優ちゃんと一緒では?←ミーハーでごめんなさい。

  29. ICE 9 より:

    >すねいくさん、だいはどさん

    ヒブンの先輩がいて何よりです。ちなみに卒業は91ですか?ぼくは91秋入ですが、早見優ちゃんは最後のセメスターだったようです。グレースもいましたねぇ。

  30. だいはど より:

    >だいはどさん、はたけさん

    向こうは私を覚えてないと思いますが、早見優と同期です。

    オリキャンのバスが一緒で、自己紹介で「Call me Kathy」と

    言われた時には、友達と「ンだ、そらー!」と爆笑してしまいました。

    ちなみに、入学は86秋ですが、92か93の春まで在籍してそのまま

    辞めてしまったので、卒業はしてないのです ^_^;

  31. だいはど より:

    > はたけやまさん

    ちなみに私は比文ではありません。外国語学部英語学科卒です(笑)。サークルの関係上,比文に友だちがけっこういましたけどね。

  32. ICE 9 より:

    >すねいくさん

    お、ということはキャンパスでカブっていた可能性がありますね。恐縮です。

    >だいはどさん

    外英ですね、あこがれてました。漠然と四谷の女の子と付き合いたいみたいな淡い希望を当時は胸に抱いておりました。

  33. chieming より:

    こんにちは。

    早見優さんを教えたと得意げに話す教授の最後の授業、受けました。もう名前さえ忘れてしまいましたが、本当に早くリタイヤした方がいいよ、と思ってしまうようなアメリカ人の神父様でした…。教授も意外とミーハー。

  34. 97法です。はじめまして。

    市谷キャンパスなくなっちゃうのかー。

    行ったことないけどなんとなく残念。

    華やかな帰国子女のみなさんが

    四ツ谷になじむかな?

  35. だいはど より:

    ははは、大丈夫でしょう。英語学科にも帰国子女はたくさんいて、それなりに馴染んでましたから(笑)。

  36. Shin より:

    > 英語学科にも帰国子女はたくさんいて

    シェイクスピアのソネットか何かだったか、草深さんの授業で帰国子女のひとりがコテコテのアメリカ英語で読み始めてひっくり返りそうになったことがあります。もっともその授業は、単位稼ぎの4年(僕らのことね)と2年の混成部隊といった濃いメンツだったので、およそ内容に似つかわしくないという意味では言えた義理ではありませんでしたが…。

  37. だいはど より:

    > 草深さんの授業で帰国子女のひとりがコテコテのアメリカ英語で読み始めて

    わははははは。

    でも実は,当時のイギリス英語の発音は今のアメリカ英語のほうに近かったかもしれません。その「帰国子女の一人」さんがそれをご存知だったかはまた別問題ですが (爆)。

    うちのクラスにもイギリスにずっと住んでいた男がいて,「誰(た)がために鐘は鳴る」 (For Whom The Bell Tolls) を,「だれのためにベルは鳴る」と訳してました。

  38. 草深さんの授業というと、3年の時の必修テキストがものすごく

    つまらなくて、生徒ばかりでなくご本人もさすがにあまりのつま

    らなさに、途中で変更したというのがありました。あの本まだ

    残っているかなあ。

  39. 博徒 より:

    あれ、二号館って秦野吸収じゃなかったのか(^^;;;

    # いや、だれから聞いたわけでもないから勝手にあっしが思っていただけですが。

  40. variosonnar より:

    比文の存在ねぇ・・・

    何故か比文には、一般入試でわざわざそこを受けて入った人達が

    ちらほらと・・・

    自分は仕方なく比文に入ったため、数ある選択肢のなかで、

    敢えて比文に入学したという人達が不思議でならない。

    比文は上智の一部というよりは、独立した一つの学校といってもいいと思う。

    比較文化という学部名ではあるが、実際はその中でさらに専攻分野が多数に細分かされている、という訳の判らない構造になっている。少なくとも自分には、そこが単なる帰国子女や外国人のための受け皿である、としか思えない。

    比較文化とはいうものの、一体何を勉強しているのか訳が判らなかったので、私は途中で四谷の学部に転部してしまいました。

  41. だいはど より:

    > variosonnar さん

    これは想像ですが,日本にいながらにして英語で授業を受けることが出来,かつ日本の大学を卒業したということにもなるので,日本人としても比文を選ぶ価値があると思う人は多いかもしれません。

    実際に日本生まれ・日本育ちの人でも親御さんの方針でインターナショナルスクールに行く人が増えているらしいですから,彼らにとっては比文は選択肢の一つではないかと思います。

  42. 麦角 より:

    狭いと言えばその昔、今のニューオータニの敷地にあった伏見宮の官舎が払い下げになったとき、国が上智大学に購入を持ちかけ、イエズス会(?)も金を出す(貸す)と言ったのに上智大学側が必要なしと言って断ったという話です。

    もし、購入していたら立教ぐらいの敷地にはなっていたろうに。

    創立75周年のころ聞いた話です。

  43. ICE 9 より:

    > variosonnar さん

    一理ありますね。でもだいはどさんのご意見もこれまた一理。ただ駅前留学の大学版みたいなところは最近顕著みたいです。新入生も帰国とかインター出よりも、ちょろっと英語いけるタイプの文化的にはジャパニーズな人たちが多いみたいです。そうなると、英語で考えることを鍛えることが最優先されるでしょうから、本来の大学教育である専門的教育の域からははずれて、広く浅くなカリキュラムになるのかもしれませんね。僕も実際四谷へのトランスファーは悩んだことがありました。

  44. Natsuko より:

    はじめまして。

    私は91年から比文に通ってました。

    variosonnarさんがおっしゃっているように、比文は、独立した一つの学校のようでした。

    大学というよりは、アメリカの小さな高校のように感じました。

    大学受験のときに、何を専攻したいか分からなかった人には、比較文化学部はまあ良かったのではないでしょうか。

    入ってからmajorを選べるので。

    帰国子女や外国人のための受け皿であったのは間違いないと思います。

    私も、途中で四谷の学部もしくはアメリカの大学にtransferするかで悩みました。諸々の事情で、結局は比文を卒業しましたが。

    比文は、drop outする学生が多くて、割合はわかりませんが、卒業するときにはかなりクラスの人数が減っていた気がします。

    Drop outしていなくても、何年生か分からない人もたくさんいましたし。

    市ヶ谷校舎がなくなるのはちょっと寂しいですね。

    高くてまずかった市ヶ谷のcafeteriaも、蔵書数が少なくて使えなかったlibraryも、そうなると少し懐かしい気がします。

    取り壊される前に一度見に行こうかな。

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